パトリック・ドヴェールを刻みこめ [映画サ行]

『セリ・ノワール』

セリノワールジャケ.jpg

真夜中に見始めてすっかりテンション上がってしまった。寝る前に見るもんじゃない。
パトリック・ドヴェールが凄い。なんで自殺しちゃったんだよ。
以前このブログで取り上げた『真夜中の刑事 PYTHON 357』のアラン・コルノー監督による、1979年製作のフィルム・ノワール。
日本公開はされてなく、昔ビデオで出てたが、今回ようやくのDVD化。


寒々としたパリ郊外。空き地に車を停め、男が一人芝居でもするように、せわしなく動いてる。
ラジカセから流れるデューク・エリントンの『ムーンライト・フィエスタ』に合わせてステップを踏む。
男の名はフランク。しがない訪問販売セールスマン。

古びた屋敷を訪れると、2階の窓辺に立つ美しい少女。玄関に出てきた老婆は、にべもなくあしらうが、フランクが高級ガウンを持ってると知ると態度を変える。
家に招き入れられると、さっきの少女が奧の部屋に手招きする。
部屋の戸を閉めると、いきなり服を脱ぎ、全裸でフランクの前に立っている。
事態が呑み込めず動揺するフランク。
少女はモナ。まだ十代の彼女は、この家の老婆から売春を強要されてたのだ。
モナは抱こうとしないフランクを怪訝に思うが、フランクは「また来る」とだけ言い残し、その場を去る。

ガウンを老婆に巻き上げられ、補填しなけりゃならなくなり、客の一人で代金を払わず雲隠れしたギリシャ人の元へ。そのギリシャ人はモナを抱いていて、老婆が居所を知ってたのだ。
ボクシングジムへ行き、給料を押収、だが追いかけてきたギリシャ人が哀れに思ったか、フランクは給料を返してやる。大柄なギリシャ人はティキデスといい、ちょっと頭がとろかった。

会社に戻ると、食えない古狸のような面持ちの社長から、フランクが度々セールスの金を着服してる事実を突きつけられる。そばには社長の知人という刑事が。逃げようとするが捕まり、留置場へ。
だが翌日には釈放される。社長は
「奥さんが保釈金を払った」と言う。そんなはずはないとフランクは思った。
妻のジャンヌは、夫婦喧嘩して家を出て行ったばかりだ。
保釈金を払ったのはモナだった。フランクは彼女に理由を尋ねると
「また来るって言ったから」と。

モナは売春させられて、老婆が貯め込んだ大金のありかを知ってるらしい。この無口な少女の目は、
「ここから私を助け出してほしい」
と訴えてるように映る。それはあの老婆を殺して、大金を奪い取るということだ。
狡っ辛いが、根が悪党ではないフランクは逡巡する。

デューク・エリントンのあの曲が好きなのは、こんな薄ら寒いパリではなく、南の日差しに満ちた場所に、思いを馳せることができるからだろう。
どん詰まりの人生にケリをつける。それにこの少女の人生を救わなきゃいけない。

だがモナは老婆が拳銃を持ってると言う。そりゃますます厳しいぞ。
フランクはティキデスを巻き込むことにした。
妻の去った自宅に呼び、酒を振舞う。したたかに酔って
「俺は女が抱きたいんだよ。今から婆さんとこにいってモナを抱くぞ」
ティキデスは少女を抱いたことに罪悪感があるのか、行きたがらない。
だが半ば強引に連れ出す。

車の中で酔いも冷め、フランクは自己嫌悪からティキデスに言う。
「俺はお前を罠にはめようとしてるんだぞ。
お前が屋敷で婆さんと争いになって、両方死ぬことになる」
だがティキデスは
「そりゃ面白いな」と取り合わない。

屋敷で迎え入れた老婆をフランクが殴りつけると、そのまま階段に頭を打ちつけ死んでしまう。
奧の部屋から札の山を抱えて出てきたモナに、老婆の部屋を聞き、拳銃を探しまくる。
ようやく見つけた45口径に、『ゴッドファーザーPARTⅡ』のデニーロよろしくタオルを巻きつけ、1階の灯りを消して、車で待たせていたティキデスを呼ぶ。
暗闇の中をテキデスが入ってくる。

「聞きたいことがあるんだよ。あの車の中で唄ってた歌詞が思い出せないんだ」
ティキディスの問いに、フランクは銃口を向けながら、涙をため
「あの歌詞はな…」
と、ティキデスが灯りを点けたその瞬間に、引き金を引いた。

翌日の新聞には目論見通りに「ボクサーが老婦人宅に侵入、ふたりとも死亡」の見出しが。
会社では社長に
「この事件な、なにかおかしいと思わんか?」
などと含みのある事を言われるが、自宅へ向かう車中でもフランクは「バレちゃいないさ」

だが唐突に家に戻ってきた妻のジャンヌは、
「あのカバンの中の大金はなんなの?」
フランクの描いた青写真に、灰色の雲がかかり始めていた。


若い世代の人がこの映画のパトリック・ドヴェールの、破滅に向かって取り憑かれたような「負け犬」演技を見たら、若い頃のゲイリー・オールドマンのような役者が、フランスにいたということを発見することになるだろう。
俺もジェラール・ドパルデューと共演した2作『バルスーズ』と『ハンカチのご用意を』くらいしか見てなかったんで、今更ながら、35才で拳銃自殺を遂げてしまった彼のことが惜しまれてならない。

それにしてもなんと不幸の影が刺す映画だろうか。
ドヴェールだけでなく、少女モナを17才で演じた、これが本格的映画初出演のマリー・トランティニャン。
全裸も厭わぬ思いきりの良さは、さすが役者の子。だがその後、順調にキャリアを重ねた彼女も、夫の暴力が元で、41才の若さで命を落としてる。

この映画でボクサーのティキデスを印象的に演じたギリシャ人俳優アンドレアス・カツーラス。
8年後にハリウッドに渡って出演したのが、リドリー・スコット監督のサスペンス
『誰かに見られてる』での敵役。
「すごい面相の役者が出てきたな」と俺は当時感嘆した。トム・ベレンジャーの影も薄くなってた。
そのカツーラスも60を待たずに癌で他界。
そして監督のアラン・コルノーも昨年、世を去ってる。
それを知って見てるから、余計にやるせない。

だがフランスの新しいノワールの旗手アラン・コルノーが、ジム・トンプソンの小説を映画にしたという、この魅惑のカップリングこそが、なによりの置き土産だろう。
トンプソンはアメリカの作家で、原作『死ぬほどいい女』も当然アメリカが舞台だが、トンプソン小説の、口の中に砂がジャリジャリ言うような、あの感触を、見事にパリ郊外の灰色の風景の中に再現してる。

それとこの映画は、俺が例によって長々と書いたあらすじの部分より、その行間にあたる描写が実は面白いのだ。
フランクと社長との関係や、焦ったフランクが、銃で背中を撃たれたティキデスの死体の方に、拳銃をもたせようとしたり、フランクと妻ジャンヌの夫婦喧嘩の場面とか、予想つかないリアクションが繰り出される。

話がわかってても、また何度か見てしまうだろう。
その位すっかりマイってしまった。

2011年11月12日

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龍ー

今夜初めて観ました。貴方のblog見つけました。25年前パリに留学していて、テレビドラマでドゥヴェールを知りました。その時にはもう自殺の数年あとでした。孤独な俳優、孤独なフランス映画です。貴方は、大丈夫?
by 龍ー (2014-11-04 01:52) 

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