ホセ・ルイス・ゲリン『影の列車』 [映画カ行]

『影の列車』

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先月渋谷の「シアター・イメージフォーラム」で開催されてた「ホセ・ルイス・ゲリン映画祭」にて上映された1997年作。
会期前に、上映作品を何度でも見れる「フリーパス券」を8000円で販売していたが、納得できた。
2度見たくなる映画ばかりなのだ。俺はこの『影の列車』を2度見に行った。

ストーリーを追う映画ではない。途中からの、エディターで映画のフィルムを何度も何度も巻き戻して「検証」してく場面の「シャアーシャコシャコシャコシャコ」っていう機械音がクセになってしまい、
「あれもう1回聴きたい」と思ったのだ。

『影の列車』は2回とも、他の作品の時より客が入ってた印象だ。半ば実験映画のような手つきの作品なので、イメージフォーラムに通うような客の嗜好に合うということなのか。


ジェラール・フルーリという名の弁護士が撮影した、プライベート・フィルムが発見されたという設定で映画は始まる。それは1928年から30年にかけて撮影されたもので、フルーリは当時高価な撮影カメラを所持した映画撮影愛好家だった。

そのフィルムが撮影された数ヶ月後に、オート=ノルマンディ地方の湖で行方不明になったとされる。
フィルムは湖近くにあった、フルーリの広大な屋敷での、家族や兄やメイドたちの、たわいない光景を映している。川辺でのピクニックの様子も撮影されている。
全体に痛みがひどく、夥しいフィルム傷が見られる。

本当に1930年当時に撮られたように見えるが、これはゲリン監督が、いかにもそういう風に加工したフィルムなのだ。タランティーノとロドリゲスが『グラインドハウス』で試みた「退色してノイズの乗った古いフィルム」の質感の、さらに手の込んだバージョンと思えばいい。

そのプライベート・フィルムを一通り見せた後に、現在のフルーリの屋敷や、周辺の町の様子を捉えたカラーフィルムが挿入される。このカラーの映像が瑞々しく美しい。
フルーリ家は無人となってるが、廃墟という寂れた佇まいではない。誰かが定期的にメンテナンスしてるようでもある。

この土地には昔鉄道が敷かれていたが、とうに廃線となってる。
森の中の廃線跡が映される。この風情がいい。
レールは鉄だから土には戻らないが、他の部分はすべて土に還った。雑草や落葉が敷き詰められて、森の風景の一部となってる。

フルーリの亡霊のようなものが映る、湖の湖畔。
夜になり誰もいない屋敷に、月明かりに照射された様々な影が躍る。
雷鳴とともにざわめく木々であったり、通りを行きかう車の航跡であったり。屋敷の中に霊のようなものは映らないが、その気配を感じさせるような描写だ。フルーリ家の亡霊が囁いているような。


その気配を漂わす思わせぶりなカラー画面から、再びプライベート・フィルムへと戻る。
ここでは、ゲリン監督が、古いフィルムをエディターにかけて、微に入り細に入り、そのコマに隠されたメッセージを解き明かそうとしてく。
フィルムを何度も巻き戻し、あるいはフィルムを複製して、2本を並列にヴューアーにかけて(という見てくれで)、被写体となる家族の人間の視線の交わり方から、秘められた感情を暴き出そうとする。


ポイントとなる人物は、撮影者のフルーリ自身のほかに、フルーリの長女オルタンス、彼女の叔父にあたるエティエンヌ、そして若いメイドだ。
フィルムは特に長女オルタンスを好んで撮影してるようだ。
オルタンスは20才前後だろうか。もう少し若いのか。

彼女はカメラに向け、しばしば意味深な視線を投げかけてる。艶かしいといってもいい。
撮られて無邪気に笑ってるというのではないのだ。
ゲリン監督はフィルムをコマ単位で解剖しつつ、オルタンスの視線の行く先に注意を払う。

もう1本のフィルムには叔父のエティエンヌの表情が捉えられていて、2本のフィルムのオルタンスと叔父エティエンヌの視線が交わる。この二人の間にはなにかあるのか?

さらにフィルムを検証していく。撮影者フルーリの手前に背中を向け立っているエティエンヌ。その前を自転車に乗ったオルタンスが通り過ぎようとしてる。
オルタンスは叔父に向かって手を上げて、叔父も応えてるように見える。

だが何度も巻き戻すうちに、画面にはもう一人映ってることがわかる。自転車で通り過ぎるオルタンスの後ろの木陰に、若いメイドが佇んでいるのだ。
叔父の視線はそのメイドの方に注がれているんではないか?

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映画はこの後、再現フィルムのように、オルタンスと叔父エティエンヌと、若いメイドと、撮影者フルーリを登場させる。ここはカラーとなってる。

俺は見てて判然としなかったが、この再現フィルムの場面に出てくる登場人物たちは、プライベート・フィルムの中の被写体と微妙に顔がちがうように思えた。同じ俳優だったかもしれないが、似た俳優を使ったかもしれない。
その「ちょっとちがう」感をわざわざ出そうという意図ならば、ゲリンあんた凝りすぎだよ。

その再現フィルムの中ではっきりするのは、エティエンヌが若いメイドに言い寄ってるという事だ。
長女のオルタンスは、叔父と禁じられた関係にあったのか?
もっと邪推すれば、父親フルーリとオルタンスはどうだったのか?

撮影者フルーリは、オルタンスが叔父とただならぬ関係になっていて、その叔父は自分とこの若いメイドに手を出してるらしい。そう思っていたのか?
フィルムを解剖していくなかから、メロドラマを紡ぎ出しているような。

映画は最後に、フルーリが行方不明になった朝の光景を映し出す。
ひと気のない屋敷にフルーリの亡霊が立ち現れる。亡霊だと思うのは、背景の木々などに、彼の姿が透けて見えるショットがあるから。
彼はカメラと三脚を携え、湖へと向かう。ボートで漕ぎ出し、霧の水面へと消えていく。


前に『ヒューゴの不思議な発明』のコメントで、「失われた映画が発見されることがある」というようなことを書いたんだが、この世の中には、商売として作られた映画のフィルムのほかに、個人が自分の家族や身の周りのものを記録した「プライベート・フィルム」も膨大な数存在するだろう。
この映画を見てて感じたのは、撮影者や被写体となった家族たちは、とうにこの世に存在しなくなっても、フィルムはどこかに眠っているのだろうということ。

死んだ家族は供養されるが、当たり前の如く、家族の姿を遺したフィルムは供養などされない。
だがなにかのきっかけで掘り起こされたり、発見されたりして、それをリールにかけられ、映写されれば、そこに映された家族の生きてきた時間が甦る。

この映画の中で映されたプライベート・フィルムのように、その細部に目を凝らしていくと、家族たちが生前は口にすることのなかった秘密が、浮かび上がってくる。
それはこの世にはもういない魂が、フィルムを通して語りかけてくるということで、
つまりこれはゴーストストーリーなのだ。

誰に看取られることもなく、放置されたままのフィルムの中に、成就されることのない想いが封印されている。そういうことがあるのではないか?

ゲリン監督にとって、死者との邂逅というのは、おどろおどろしいものでも、おぞましいものでもなく、むしろ耳をすませば、その語りかけを聞き取れる、そう感じているのかもと、『ベルタのモチーフ』とこの映画とを見ると思うのだ。

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この映画で俺が一番好きなショットがあるんだが、それは大きな川を見下ろせる丘へ、フルーリの家族がピクニックに行くという、プライベート・フィルムの中の場面。
丘の稜線を家族が一列になって下ってくのを、ロングで捉えていて、高い木の間を行く家族が影絵のようなシルエットで映される。

ここは美しいショットなんだが、これを見て即座に思い出したのは、オランダのアニメ作家が作った8分間の短編『岸辺のふたり』の絵のタッチだ。

線画のように黒と余白の白だけで描かれたアニメで、有名な「ドナウ川のさざ波」の旋律に乗って、ナレーションもセリフもなく、絵だけで語られるストーリー。
自転車で高い木のそびえる一本道を走る横移動の画面が、ピクニックの画面と重なるのだ。

奇しくもこの『影の列車』と同じく、登場人物は娘と父親で、その父親は岸辺からボートにひとり乗ったまま帰らないのだ。
父親とその岸辺に自転車で遊びに来てた娘は、その後何年も何年も、自転車で岸辺に立っては父親の帰りを待つ。そのうち娘には恋人ができ、家族ができ、そして孫もできて、彼女のシルエットも前屈みになってくる。
それでも彼女は父親が忘れられず、その岸辺に立ち寄るが、もう水がなく、葦が生い茂ってる。
年老いてしまった娘がその葦に分け入ると、幼い日に父親が乗っていったボートが打ち捨てられていた。娘は涙にくれて、そのボートで眠りこけてしまう。
そして娘が物音に気づいて目覚めると、葦の向こうから、あの日の父親が現れた。

このストーリーを8分間で描いてるのだ。しかも娘の顔も父親の顔も描かれてはいない。それでも動作だけで、その心情が手に取るように伝わってくる。
娘が最後に出会うのはゴーストなのだろうという所あたりも、『影の列車』のフルーリの亡霊につながって見える。

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このアニメを俺はDVDで買って見て、感激したんで、その翌年2004年に、今はない新宿の「テアトルタイムズスクエア」で上映された時に、職場の同僚たちを引っ張って行った覚えがある。
なにせ8分しかないから、ほかに短編が何本かついてたと思う。
『岸辺のふたり』はほかの短編を挟んで、1回の上映で2度繰り返し見せるという、そんな異例の上映の仕方だった。
ゲリン監督は『岸辺のふたり』を見てたんじゃないかな?

2012年8月3日

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토토사이트

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by 토토사이트 (2023-09-19 17:49) 

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