ベルギーのホルモン男ライジング [映画ヤ行]

『闇を生きる男』

闇を生きる男.jpg

現在、「銀座テアトルシネマ」にてレイト公開されてるベルギー映画。昨年のアカデミー賞の「外国語映画部門」にノミネートされた1本だ。昨年の「大阪ヨーロッパ映画祭」で上映されてる。

この「銀座テアトルシネマ」もビル自体の建て替えにより、閉館が決まってるし、先頃「銀座シネパトス」と「シアターN渋谷」も1年以内の閉館が発表された。
この映画のような、ぎりぎりDVDスルーではない劇場公開作を掬い上げしてく環境は、いよいよ少なくなってくだろう。

映画の日で1000円だったこともあるが、予想より客は入ってた。
『闇を生きる男』なんて映画を公開してること自体、知ってる人はほとんど居ないんじゃないかと思ってたが。映画好きは目ざといね。

俺は何がなんでもスクリーン派というわけじゃない。この映画がレイト公開もされず、DVDスルーになったとしても、日本語字幕入りで見れるんだから、別にそれでいい。
今回の上映も素材はブルーレイだから、まあ時を置かずしてレンタル店に並ぶことになるんだろう。
わざわざ見に行くのは、ちょっと物珍しいタイトルを、こうしてブログに取り上げられるという気持ちからだ。

実際スクリーンで見てみると、ブルーレイ素材ということによるものか、画面に彩度が足りなくて、全体に薄ぼけた感じに見える。
映画そのものが、晴天の場面などが少ないこともあるだろうが、最初のうちはその地味さ加減と、どういう話になってくのか見えてこないんで、ちょっとタルい。
だが主人公の少年時代に話が巻き戻されると、物語の視界も開けてくる。


ジャッキーという男がいる。父親の後を継いで、ベルギー、フランドル地方で畜産業を営んでる。
ジャッキーはレスラーのような筋肉隆々の体をしてる。だがそういう仕事とは縁がない。彼はこういう体になりたかったわけではなく、ならざるを得なかったのだ。

この地方の農家は、ほとんど畜産で食べていたが、その一帯を牛耳るようなシェパーズ家のような存在もあった。
少年時代にジャッキーは、友達のディーデリックと一緒に、そのシェパーズの敷地内に居た。
親が取引で訪ねていたのだ。
シェパーズにはジャッキーと同じ年かさのルシアという少女がいて、ジャッキーとディーデリックは、彼女を見かけるとヒソヒソ言いあって笑ってた。
それを聞いて激怒したのが、ルシアの兄ブルーノだった。

ブルーノは狂犬のような性格で、その制裁は容赦ないものだった。
ジャッキーとディーデリックは、ブルーノと仲間たちに追いかけられ、ジャッキーだけが捕まった。
ズボンとパンツを下ろされると、「潰してやる」と両手にゴロンとした石を握って振り上げた。
「ほんとにやると思わなかった…」
ブルーノの仲間たちもドン引きした。あまりの激痛にジャッキーは気を失った。
ブルーノたちが立ち去った後、茂みから出てきたディーデリックは、横たわるジャッキーを見て、おそろしくなって逃げた。

自宅に診察に来た医者は両親に言った。
「ジャッキーはこれから第一次性徴期を迎えるが、睾丸が潰されてるから、
ホルモンが分泌できず、このままでは体の成長も止まってしまう」と告げた。
「男として生きていけるのか?」父親の問いに
「射精は可能だろうが、勃起はできないかも」と。
方法としてはこの先ずっとホルモン剤を注射かつ服用してくしかない。

両親は医者の意見を受け入れ、その後20年間に渡り、ジャッキーはホルモンの投与を続けた結果、常人ばなれした肉体を得たのだ。
だが同時に過剰なホルモン摂取は、精神にも影響を与え、ジャッキーは感情のコントロールが上手くできなくなっていた。少しのきっかけで激しやすくなるので、普段はなるべく感情に波を作らず過ごそうとする内、無表情になっていった。


ジャッキーと友達のディーデリックは、その悲惨な一件以来、疎遠になってしまった。
ブルーノの暴力に怒ったジャッキーの父親が、傷害の罪を立件させるため、ディーデリックに証言させようとしたが、ディーデリックの親は
「シェパーズ一家に楯突いたら、こっちの命が危ない」
と息子に証言させることを拒んだのだ。

ディーデリックと顔も合わさず、視線を送ったルシアの消息も知れないまま、ジャッキーは20年間、人とのつきあいもせずに、孤独に牛を育ててきたのだ。

そのジャッキーの前に、不意にディーデリックが現れた。生肉業者とのおいしい儲け話があるという。
1990年代当時、ベルギーの畜産業では「ホルモン・マフィア」と呼ばれる闇の勢力が暗躍していた。禁じられてるホルモン剤を牛に不正に投与して、急激な成長を促し、莫大な利益を得ていた。
ディーデリックが持ってきた話も「ホルモン・マフィア」絡みのものだった。

だがジャッキーが商売相手と顔を会わせたと時を同じくして、ホルモンの不正投与を追っていた捜査官が殺害される事件が起こる。
警察はジャッキーもその容疑者の一人としてマーク。
彼の農場の入り口に監視カメラを設置して動向を探った。
そしてディーデリックはその警察とつながりがあったのだ。
警察はディーデリックがゲイであることをつかみ、捜査官のひとりにディーデリックを惚れさせるように仕組んだ。


ジャッキーは20年ぶりに再会したディーデリックにも、簡単に気を許すことはなかったが、ルシアが町の化粧品店で働いていることも知り、そっちには心が動いた。
ジャッキーは店を訪れ、買ったこともないオーデコロンを、ルシアにあれこれと薦められた。
ルシアは目の前の筋肉マンが、あのジャッキーだとは知る由もなかった。まったく面影もないからだ。
店を出て、ジャッキーは心が浮き立つような思いだった。自然に口元がほころんだ。

ジャッキーはある晩、仕事を終えて店を出るルシアの後を尾けた。彼女は同僚とクラブに入って行った。ジャッキーは入った事もないクラブへ、足を踏み入れた。
カウンターでルシアはジャッキーと目が合った。
だが「オーデコロンを売った客だ」という認識で、彼をジャッキーと気づいてる風ではない。
ルシアは男となにやら談笑し、フロアに踊りに下りて行った。ジャッキーは無性に苛立ち、酒をあおった。

ルシアにクラブでちょっかいを出してた男は、そのままルシアとホテルに行くこともなく、ひとりでクラブを後にした。
ジャッキーはひと気のない通りで、いきなり男に殴りかかった。昏倒する男に拳を叩き込む。
ディーデリックとルシアに再会してしまったことで、20年間封印してきた恋心も憎悪の念も、一緒くたとなりジャッキーの中から噴出してきた。もう押し留める術はない。


ジャッキーは自分をこんな体にした、ブルーノの消息もつかんだ。
ブルーノは精神を病み、病院で暮らしていた。
ジャッキーはひとり病室を訪れたが、目の前のジャッキーにも、ブルーノは何の反応も示さない。
片手は痙攣し、視線は虚空をさまよう。
ジャッキーはその頬をつかみ、拳を思い切り握りしめるが、振り下ろすことはなかった。

ジャッキーが帰った後に病室を訪れたルシアは、ブルーノの顔面が妙に歪んでるのを怪訝に感じた。
テーブルのルシアと一緒に写る写真が伏せられている。ルシアはなにか感じ取った。
そして車でジャッキーの農場を訪れた。

マティアス.jpg

マティアス・スーナールツというベルギーの役者は初めて見るが、インパクトがあるね。
二枚目といってもいい顔立ちだが、両目が均等でないというか、片方が視点が定まってない。
これがホルモン投与を続けた副作用として顔面に表れてるものなのか、
それを表現してるとすれば、そんな顔が作れるのはすごいと思うが。

この映画は「グラフィック・ノベル・ヒーロー」ものの変形のように見ることもできる。
例えば『ハルク』なんかに性格づけは近いんじゃないか?
だがヒーローもののカタルシスとは無縁の内容だ。


終盤はルシアの住むアパートが修羅場となるんだが、警察が迫り来るのを知ったジャッキーは、携帯していたホルモン剤のボックスを開け、薬をガンガン飲んで、ガンガン注射してく。

『スカーフェイス』で、コロンビアマフィアの刺客を迎え打つトニー・モンタナが、コカインの白い粉に鼻を突っ込んで気合入れる描写のようで、ここはちょっとテンション上がるのだ。

だがなんというか、ジャッキーも気の毒な身の上ではあるが、ルシアにちょっかい出したってだけで、男を植物人間にしてしまうまで殴りつけるとか、結局ブルーノにされたことと同じ行いをしてるんで、その人物像に共感はできんだろうし、ホルモン・マフィアの犯罪をなすりつけられるような形で、ストーリー的にもすっきりはしない。
見る人によっては「胸糞悪いだけ」と思われるだろう。

フランドル地方というのは、言語も入り混じってる地域のようで、人種の相克も背景に感じられる。
一筋縄ではいかない土地の風土や、人間の関わり合いを浮かび上がらせるためには、すっきりとしたエンディングにはできようもないということなんだろう。

2012年8月2日

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