押し入れからビデオ⑲『ジプシーのとき』 [押し入れからビデオ]

『ジプシーのとき』

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先日『ディクテーター…』のコメント入れた折りに、『ボラット』に『ジプシーのとき』の音楽が流用されてたと書いた。で、久々にその曲が聴きたくなったんで、ビデオを探し出してきた。

エミール・クストリッツァ監督作では、つい最近『アンダーグラウンド』がブルーレイ化されたが、その前作の1989年作『ジプシーのとき』は、ビデオは廃版で、DVD化すらされてない。
俺は「こっちをブルーレイにしてくれ!」と叫びたい気分だ。

俺の持ってるビデオは音もあまり良くないので、あの心震えるような合唱曲「エデレジ」を、大音響で聴きたいのだ。
本当はニュープリント、デジタルリマスター版でリバイバル上映してほしい所なんだが。


主人公はロマ族の少年ペルハン。ニット帽に黒縁メガネ。
その片方のレンズは割れてて、紙が貼っつけてある。
「ロマ族ののび太」みたいな雰囲気だな。
ドラえもんがいない代わりに、ペルハン自身には、同居する祖母から受け継いだ、ちょっとした念力が備わってる。
空き缶を動かしてみたり、スプーンを壁に投げると、それがひっついて、自在に壁を這わすことができる。だがそれが実生活の役にはたってない。

ペルハンには足の悪い妹がいて、得意のアコーデオンで彼女を慰めてやったりする。
妹思いの兄さんなのだ。
ペルハンには両親がいない。父親は軍人だったらしいが、ペルハンには記憶がない。
母親は妹ダニラを産んですぐ死んだ。
祖母の家には、彼ら兄妹のほかに、叔父のメルジャンが同居してる。
女好き、バクチ好きでどーしょーもない。

ペルハンは同じ村に住む、アズラという美少女に恋をしていた。
彼女も満更でもなかったが、アズラの母親は、貧しいペルハンに娘を嫁にやる気などない。

ペルハンは、ロマ族の祭り「エデレジ」に、アズラと二人でいる。
無数の松明が揺らめく、川に胸までつかってる。
裸になったアズラのふくよかな乳房に目は吸い寄せられる。
二人で手漕ぎボートに寝そべってる。
それは現実のようであり、夢想のようでもあった。

そんな村にジーダ兄弟が、高級車で帰ってきた。
兄貴のアーメドが仕切る一味は、このユーゴスラヴィアから、イタリアに渡り、悪事を働いて懐を肥やし、村で一番羽振りがよかった。
バクチ好きの叔父メルジャンは、アーメドの弟にポーカーでカモにされ、借金を背負う。
祖母に泣きつくが、金はないと言われると、ブチ切れて、板を張り合わせた家の上屋を、ロープで括り、車で引き剥がしてしまう。降りしきる雨の中、祖母と幼い兄妹はただ立ち尽くす。


その祖母の元に、アーメドが駆け込んできた。
まだ1才くらいの息子の容態がおかしい。
ペルハンの祖母なら治せると思ってるらしい。
アーメドの家で小さな息子の体をさする祖母。
なにがしかの魔力を持ってるようだ。
昏睡状態だったアーメドの息子は意識を取り戻した。

祖母とペルハンたちが上屋を失くした家に戻ると、叔父のメルジャンは、頭を刈られ、ズボンも奪われてしょんぼりしてる。礼に訪れたアーメドに、祖母は食ってかかった。
「あんたの息子を治してやったお礼がこれかい?」
「メルジャンのことは弟がやったことだ」

だがアーメドはお詫びにと、ペルハンの妹を都会の病院へ連れて行き、足の治療を受けさせると請け負った。そのままイタリアに仕事に戻るという。ペルハンは妹に付き添うと言った。


兄妹を乗せたバンには、村を出るまでに何人か乗り込んできた。
どうやらアーメドが、イタリアでの仕事に使おうという者たちらしい。

妹のダニラは心細くて、しくしく泣いてる。車は夜の高速道路をひた走る。
ペルハンはおとぎ話を聞かせてやり、窓の外に視線を促した。
ダニラが窓に目をやると、花嫁姿の母親が宙に浮いていた。まるでダニラに会いに来たように。
そのまま車の天井に浮遊し、やがて消えた。

「ママが見えたよ」
「どんな顔してた?」
「きれいだった」
花嫁のベールだけが、まだ道路の上を舞っている。ダニラは泣くのをやめた。

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アーメドに伴われ、病院に入ると、妹はすぐに入院だと、引き離された。
付き添うと約束してたペルハンは途方にくれた。
アーメドは「どこにも行くあてがないのなら、イタリアに一緒に来い」
とペルハンを車に乗せる。
「お前もばあさんや妹のために稼がなきゃな」

だがアーメドは、ミラノに着くと、スリや物乞い、売春など、ロマの人間たちを束ねて、その上がりを取り立てていた。
最初は「悪事を働くのはイヤだ」と拒否してたペルハンだが、一味の男たちにリンチを受け、従わざるを得なくなる。

ペルハンは邸宅を狙っては空き巣を働き、戦利品をアーメドに献上した。
盗んだ金品の隠し場所も確保していた。
高血圧で一度倒れたアーメドは、親身になって介抱してくれたペルハンを信頼し、一味の頭の座を譲ると言った。
妹の手術費用は毎月送金してる。故郷に新しい家も建ててやる。
アーメドはそう言った。
スーツを着て、身なりも整ったペルハンに、悪事を働くことの罪悪感はもはや無かった。


アーメドから遠征して仕事をしてくるよう言われたペルハンは、内緒で故郷の村に戻ることにした。
アーメドからは「村では事件が起きてて、警官が多いから帰るな」
と言われてた。
だが羽振りのいい自分を祖母たちに見せたかった。

村に戻ったペルハンは、さっそく札束を持って、アズラの家に行った。
これで結婚にも文句は出ないだろう。
だがベッドで寝てるアズラは妊娠してた。
相手は叔父のメルジャンに決まってる。

さらに、アーメドが約束してた新しい家など、建ててる様子もなかった。
ペルハンは何も信じられなくなった。

久々に孫の顔を見た祖母は、あの純朴なペルハンの面影がなくなってたことを嘆いた。
アズラはペルハンとの結婚を望んでいた。
お腹の子は、「エデレジ」の日に抱き合った、その時の子だと。
だがペルハンはその言葉が信じられず、
「生まれた子供は売る」ということを条件に、結婚すると、アズラの母親に告げた。

結局ふたりは式を挙げることとなり、初夜を迎える。
だが服を脱いだアズラを、ペルハンは抱こうとしなかった。
アズラは悲しそうに見つめるだけだ。


ペルハンはお腹の大きなアズラを伴って、イタリアに戻った。
アーメドの嘘っぱちを責め立て、二人が諍い合ってる間に、アズラの姿が見えなくなった。
ペルハンもアーメドも、アズラを探し回る。

線路脇でアズラが横たわってる。その体がゆっくりと宙に浮く。
彼女の背後を列車が通過し、その音と、彼女の陣痛の叫び声が重なる。
すると赤ん坊の泣き声がして、アズラの体はゆっくりと地上に降りてゆく。
花嫁衣裳のまま出産したアズラの、白いドレスの下半身は血で染まっている。

「男の子だぞ!」アーメドが赤ん坊を抱く。
ペルハンはアズラの首に手を回す。
呼びかけるがアズラはこと切れる。
ペルハンはその体を抱いて声を上げて泣いた。

アズラの言葉を信じることができず、結果彼女を失い、さらに大雨によって、空き巣で得た金品の隠し場所も水没し、ペルハンは何もかも失った。
悪事に手を染めた自分への戒めと感じ、アーメドとの仕事から足を洗うことにした。


妹ダニラが入院してるはずの病院を訪ねたが、ダニラは居なかった。
看護婦に聞くと、実は入院すらしておらず、ダニラはローマに連れて行かれたらしいと。
ペルハンはただ妹の消息を訪ねて、ローマをさまよっていた。
祖母には度々手紙を書いた。

ある日、足を引き摺った少女が、車に乗り込むのを目撃した。
ペルハンは必死でその車を追った。
橋のたもとで少女は車から降ろされ、杖をついて歩き始めた。

息切れするほど走ったペルハンは叫んだ
「ダニラ!」
少女は振り向いて、一瞬怪訝な顔をした。
視線の先に誰がいるのかやっとわかった
「ペルハン!」
二人は抱き合った。あれから4年が経っていた。

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ダニラは「事情を聞きたい?」と言って話しだした。
ローマに連れて行かれた後、足が悪いからと、物乞いをさせられてたと。
もちろん入院も治療も受けてない。足はまだ痛む。

アズラの産んだ子はアーメドが引き取って育ててる。
アーメドはこのローマで新しい妻を迎えて、結婚式を挙げるという。

ペルハンは、ダニラに案内され、式の会場のそばまで来た。
子供たちが遊んでる。ダニラは一人の男の子の手を引いてきた。
「ペルハンの子だよ」
その男の子は名前を尋ねた。ペルハンと答えると
「嘘だい」と言う。その子もペルハンと名づけられてたのだ。
「俺の子だ」その顔を見て確信した。

だがペルハンにはしなければならないことがあった。
自分をとことん裏切ったアーメドへの復讐だ。
役に立たなかった念力を使う覚悟でいた。


冒頭のペルハンの暮らす村での、狂騒の気分から、クストリッツァ監督の世界に、グイと腕つかまれて引っ張りこまれる感じなのだが、ペルハンのナードなキャラや、叔父のロクデナシ感が楽しい。

ペルハンは、祖母に貰った七面鳥とも魂を通わすことができるようで、その描写は微笑ましいんだが、叔父はその七面鳥を鍋で煮込んでしまったよ。

随所に挟まれる「浮遊する」イメージと、そこに流れる、ゴラン・ブレゴヴィッチによる、エモーショナルな合唱曲。
全編を「ロマニ語」で撮影されてる、ロマの少年のビルドゥングスロマンたる傑作だ。

2012年9月17日

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midori

懐かしい!岩波ホールで観ました。忘れかけていました。
by midori (2013-06-28 11:24) 

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