女子にすすめたい「走れメロス」的史劇 [映画タ行]

『第九軍団のワシ』

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昨年の9月にこのブログでコメントした、マイケル・ファスヴェンダー主演のアクション史劇『センチュリオン』は、西暦120年にイギリス北部に駐留した、ローマ軍最強の「第九軍団」約5000名の兵士が、北方への進軍の過程で、忽然と姿を消したという、歴史的事実を元にして生み出されたフィクションだった。
敵の手に落ちたとおぼしき軍団の指揮官と、その象徴である「黄金のワシ」の像を、クィンタス・ディアス率いる「百人隊」が奪還に向かうんだが、失敗に終わり、地獄の敗走を余儀なくされることとなり、結局「黄金のワシ」の像は、敵の手に奪われたままとなってた。
この映画はそれから20年後に設定されてる。


チャニング・テイタム演じるマーカス・アクイラは、「第九軍団」を率いていた父親の失踪の謎と、「黄金のワシ」の行方を探すため、辺境の地にある砦に、百人隊の隊長として赴任する。当初は父親の汚名とともに皮肉な目で見られるが、優れた統率力で、砦を奇襲してきた敵の先住民を打ち負かし、古参兵たちの信頼を得る。
だが武勲を立てた戦闘で足を負傷し、名誉除隊を言い渡され、父親の汚名を晴らす機会を奪われ、生きる意味を失う。

マーカスは療養先の叔父に誘われ、剣闘試合を見に行く。見世物としての無意味な殺し合いに、醒めた視線を送るマーカスだったが、一人の奴隷に目を釘付けにされる。

巨体の剣闘士を前に、剣を捨て一歩も動かない小柄な奴隷の青年。見世物にされるつもりはないと、その目は語っていた。剣闘士に殴りつけられ、血だらけになっても、表情は変わらない。
観客は「殺せ!」と指を立て、叫びだす。
マーカスは不意に立ち上がり「殺すな!」と声を上げた。
その迫力に観客の中からも同調する声が上がり、奴隷の青年は命拾いする。
叔父はその奴隷を買い取り、マーカスの世話係りにした。

青年の名はエスカといい、マーカスたちローマ人とは敵となるブリトン人だった。ローマ軍に村を襲われ、死を悟った父親は、母親が敵の手に落ちる前に、自らの手で殺した。少年だったエスカは奴隷として、過酷な日々を送ってきたのだ。
だからローマ人は憎むべき敵だが、命を救ってくれたマーカスには、忠誠を誓うと言った。
空虚な日々を送るマーカスには、年も近いエスカは、身分の違いはともかく、気を紛らわすことができる存在となっていた。

叔父の元を訪れたローマの役人の口から、ブリテン島の北の果てにある神殿に「黄金のワシ」が祭られてるという噂を耳にしたマーカスは、役人に掛け合い、自分が単独で探しに出ると志願する。
ブリテン島北方にはローマ軍が築いた「ハドリアヌスの長城」という、長大な石の壁があり、その先は文明果つる地で、ローマ人が生きて戻れる筈がないと、役人は言うが、マーカスの決意は固かった。
叔父はガイド役にエスカを伴うよう告げる。
エスカは土地勘とともに、先住民族の言葉も分かるからだ。
こうしてマーカスとエスカ、敵同士の背景を持つ若者ふたりは、荒涼として、厳しい地形が延々と続くカレドニア高地へと分け入って行く。


この物語の肝は、ローマ人であるマーカスが、敵の先住民の土地へ、先住民の奴隷の青年エスカとともに入って行くことによって、土地のアドバンテージが、そのまま二人の立場に影響を与えていく事になる所だ。
マーカスは言葉が分からない。エスカが聞き込みをするが、その相手と何を話してるのか、エスカが答えを濁せば疑いも生まれる。

エスカは自分に忠誠を誓うとは言った。あの剣闘場で見せた気高い精神も知ってる。だがローマ軍には憎しみを抱いてるし、その象徴たる「黄金のワシ」を、本気で探す気になるだろうか?
聞き込みを続けても、神殿は見当たらず、マーカスの疑心暗鬼は高まっていく。


エスカを演じるのは『リトル・ダンサー』で、14才にして一躍脚光浴びたジェイミー・ベル。あの映画から10年経った2010年作のこの映画でも、少年の面影をどこかに残している。
主役を演じることは少ないが、『ディファイアンス』でのダニエル・クレイグの弟の役など、葛藤を抱えたキャラクターを演じて精彩を放つ。

「黄金のワシ」を手中に収めてるらしい、先住民の種族「アザラシ族」のテリトリーに入った二人が、戦士たちに囲まれ、エスカは受け入れられるが、マーカスはその場で殺されそうになる。エスカは
「こいつは俺の奴隷だ!」
と嘘を言い、窮地を逃れる。だが「アザラシ族」の村ではマーカスを奴隷のままにしとかなければならない。
エスカの真意が掴みきれないマーカスは、裏切ったと思い込むように。

この辺りの「どっちなんだ?エスカ」という雰囲気をジェイミー・ベルは、絶妙に表現してるのだ。
主演はチャニング・テイタムだが、映画後半、そのエスカが葛藤の狭間で、友としてのマーカスのために体を張ろうとする、その姿の方が強い印象を残すようになるのは、ジェイミー・ベルの演技力に負う所が大きい。

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終盤は「走れ!メロス」のようでもあり、実は男臭い史劇と見えながら、女子が見て萌える要素が強いんではないかと思うのだ。

「もとは僕たち敵同士」
「だけど君は命の恩人」
「忠誠を誓うと言っておいて、俺を奴隷にさせるのか」
「黄金のワシなんか僕にはどうでもいいもの」
「なのになぜ彼のために僕は走るのか?」

旅の過程において、危険を共にくぐりぬけ、友情のような絆が芽生え始めてるマーカスとエスカだから、この立場の逆転シチュエーションが両者にもたらす葛藤が効いてくる。
ローズマリ・サトクリフの原作小説が、世界中で長く読み継がれているのもわかる。


「黄金のワシ」へと辿り着く前に、マーカスはもう一つの宿願につながる存在に出会う。消えた「第九軍団」の生き残りの兵士だ。グアーンと名乗るその男は、今は先住民と家庭を持ち、静かに暮らしているという。
マーカスの父親の最期は見てないと。マーカスは戦いの場を逃れた臆病者とグアーンを責めるが、
「あんたはあの戦場の光景を知らないからだ」
ゲリラ戦に遭い、ついには多勢に囲まれた「第九軍団」の兵士たちの末路は悲惨だったという。

グアーンを演じてるのがマーク・ストロングだとは、エンドクレジットで初めて知った。彼は敵役中心にとにかく最近売れてるが、出てくる度に、少しづつ印象がちがうという芸の細かさを持ってる。
そのグアーンのセリフで
「ローマ人たちは、こんな辺境の地まで侵略しに来て、何を得るつもりなんだ?」
というのがあったが、たしかにそうだよな。
もう当時のローマ帝国というのは「征服するは我にあり」状態だったのだろう。
凶暴で野蛮そうに描かれるアザラシ族や、先住民たちだが、彼らはそこに住んでるだけで「侵略者」ではない。
野蛮さとは何かということも考えさせられたりするね。

もう一人驚いたのが、アザラシ族の凶暴な王子シールを演じるタハール・ラヒムだ。
全身を灰色に塗ってるし、頭はモヒカンなんで、誰が演じてても気がつかないとは思うが、1月に公開された『預言者』で無名ながら鮮烈な主演デビューを果たした彼が、もう完全に役者の風格を見せてて、立派な敵役となってた。


映画冒頭は砦を巡る戦闘シーンの迫力で見せ、中盤はマーカスとエスカの心理の綾が織り成す旅で綴り、終盤は「アザラシ族」の村からの逃亡劇でハラハラさせる。
『センチュリオン』のニール・マーシャルと同じく、この映画の監督ケヴィン・マクドナルドも、土地勘では負けないスコットランド出身だ。
映画後半のハイランド地方のロケーションも見ものの一つで、『127時間』などダニー・ボイル作品を手掛ける撮影監督アンソニー・ドッド・マントルのカメラが美しい。

チャニング・テイタムって、なんか顔のパーツが真ん中に寄り過ぎてて、今まではピンと来るような役者じゃなかったんだが、この役は首の太さが、ローマ軍の甲冑を着けても様になるし、ブレない性格の主人公を体現してて、なかなか良かった。

作家映画中心のユーロスペースにそぐわない上映作に思えたが、シネコン並みに音響を鳴らしてくれてた。あそこは床がコンクリではないんで、逆に重低音が足元にビリビリくるんで楽しい。
観客は見事なくらいにお年を召した層だった。多分ユーロスペースとか来るの初めてなんじゃないか?
場所すぐにわかっただろうか。

2012年3月30日

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