押し入れからビデオ⑭『ふたりだけの微笑』 [押し入れからビデオ]

『ふたりだけの微笑』

試写状『ふたりだけの微笑』.jpg

歌手を夢見る青年ドリューと、耳のきこえないローズマリーが出会い、心を通わせていく様子を描いた1979年公開作。
今までビデオ・DVD化はされてなく、俺の手元にあるのは、テレビ放映時の吹替版を録画したビデオだ。『ダーティ・ハリー4』の宣伝スポットが流れるから、1984年の春頃の放映だろう。

テレビ朝日の深夜に「ウィークエンドシアター」という映画枠があり、ジャズ歌手のアンリ菅野が前説を行ってる。映画の舞台となるニュージャージーに関して話をしてる。
アメリカには州ごとに異なる「小売り売上げ税」があり、ニュージャージー州は、隣のニューヨーク州の半分の税率だそうだ。
日用品の買出しにはハドソン河の橋を渡って、ニュージャージーに行くのだという。
そのアンリ菅野は、2000年の6月にガンのため、世を去っている。

『ふたりだけの微笑』を公開当時に見に行った時は、正直そんなに期待はしてなかったのだ。
だが見終わって、とても気分がよかったのを憶えてる。
ハンデを負ったヒロインを描いた映画は多いが、この映画はあまり湿っぽくもならず、無理からな感動に持ってくわけでもない。ベースに「下町の人情」気質があるのがいい。

舞台となるニュージャージー州のホーボーケンは、ハドソン河の対岸に、マンハッタンのビル群を臨む、東京でいうと、足立区っぽい空気を感じる町だ。フランク・シナトラの生まれ故郷で、その名を冠した公園もある。


マイケル・オントーキン演じる26才のドリューは、この町で代々クリーニング店を営むロスマン家で、祖父と父親と、17才の弟と、男ばかり3世代4人で暮らしてる。
この男所帯のがさつな感じが上手く出ている。多分母親は早くに亡くなってるのだろう。
弟のレイモンドは、町のチンピラとつるんで、近くを通る車を停めては、「通行料」を巻き上げようとしてる。
それを見たドリューは、弟をたしなめるが、レイモンドは、賭けポーカーの負けが込み、その代金を払わないとボコられるという。

案の定、ポーカーを仕切る町のワルから手酷く痛めつけられるが、その姿を見て、ドリューと、父親、そしておじいちゃんまでもが、角材持って「お礼参り」に乗り込んでく。
叩きのめした後に、おじいちゃんが
「ロスマン家の人間を舐めるな!」
と啖呵切ってく。この場面は映画館で見た時に大ウケしたんだが、録画したテレビ放映版ではカットされててがっかりだ。
上映時間106分のものを、1時間半の番組枠で放映してるから、正味30分位は切られてるだろう。
完全な形でもう一度見たいんだがなあ。


ドリューはカセットテレコに自作の歌を吹き込んでは、レコード会社や、タレント・エージェントに送ってるが、テレコが壊れたんで、駅にある、カラオケボックスのような「レコーディングボックス」の中で熱唱してテープに吹き込んでる。

その最中に、階下の駅のエントランスを眺めると、ひとりの女性が目に入った。彼女は自分の名をパンチできる「コインメダル」のマシーンの前にいた。
彼女が去った後、ドリューはそのマシーンに1枚だけ取り忘れたメダルに気づいた。
「ローズマリー・レモン」と刻まれていた。

別の日、クリーニングの配達の途中に、バス停で彼女を見かけた。思い切って声をかけるが、彼女は無視するようにバスに乗り込む。運転手が手話で応対してるのを見て、ドリューは初めて気づいた。
次のバス停まで走って追いかけ、ようやくローズマリーの席の隣りに腰掛けた。彼女にメダルを渡す。
話しかけてもどのくらい理解されてるかわからない。

そのままローズマリーと同じバス停で降りると、彼女は聾唖学校の教師であることがわかった。
次に会う約束をとりつけたいが、ローズマリーは外で会いたくないようだ。
「君の家に行き、ドアベルを鳴らす。君が出なければ、諦めて帰る、それでどうかな?」
ローズマリーは承諾し、住所を紙に書いた。


ドリューは図書館で「手話」の解説本を借りてきて、部屋で練習した。耳がきこえない人の感覚を体験しようと、耳栓をして過ごしてみたりした。

祖父は声をかけてもしらんぷりで配達に出てしまう孫を怪訝に思った。
夕飯の食卓で、ドリューの帰りを待つ祖父と父親と弟。
レイモンドは「兄貴の部屋にこんなものが」と手話の本を父親に見せる。
「耳がきこえなくなってるのか?」
そこにドリューが帰ってくる。父親はわざと声を張り上げて
「配達はどうだった?」
「なに怒鳴ってんだよ」
「いいや、怒鳴ってなんかないぞ!」
と再び声を張り上げる。テーブルに手話の本があるのを見て、察したドリューは、
「そうじゃないよ。耳の聞こえない女の子と知り合ったんだ。手話を勉強しようかなと思ってね」

この場面のやりとりがユーモラスで、映画館でも笑いが起こってた。
飾り気のないユーモアが散りばめられてるのがいい。
父親を演じてるのは『ゴッドファーザー』などのアレックス・ロッコ。いかにもイタリアンなアクの強い顔した役者だが、ギャンブルには目がないという、ちょっと頼りない父親を、朗らかに演じてる。


ドリューはローズマリーの家を訪れ、彼女は迎え入れる。
出されたコーヒーに、ドリューは覚えたての手話で
「コーヒー、おいしい」と。
ローズマリーが初めて喜びの笑顔をみせた。

ローズマリーを演じるのは、エイミー・アーヴィング。『フューリー』の超能力少女など、エキセントリックな役のイメージがついてるが、この映画の彼女はまず可愛い。
彼女がこの場面で見せる笑顔には、なんか泣けてきそうになった。

この後、鳴ると光が点滅する電話を彼女が受ける場面がある。
電話機の隣にタイプライターのような機械があり、受話器をその上に乗せると、文字をタイプした内容が、電光掲示板のようなモニターに、スクロールされてくようになってる。
多分受話器を通じて、その音が相手側の同じ機械のモニターに、文字となって出る仕掛けなんだろう。

こういう機械は見たことがない。1970年代後半にはアメリカにあったんだろう。
日本に入ってきたりしてるんだろうか?

ローズマリーの電話の相手は、同じ聾唖者のボーイフレンドのようだ。
家に帰ってきたローズマリーの母親は、ドリューにいい感情を持たなかった。
歌手といってもプロではないし、下町のクリーニング店では裕福というわけでもない。
同じ境遇の彼氏がいて、その方が互いに分かり合って生活できるはずなのに、なぜふつうの男と付き合う必要があるのか?母親はそう思っていた。

初めてのデートが気まずく終わり、ローズマリーは自分の部屋で泣いた。決して声を出して話すことのない彼女が、声を上げて泣いた。


ドリューは彼女を諦めてはいなかった。聾唖学校を訪ね、彼女の授業風景を見学した。
耳の聞こえない子供たちに囲まれたローズマリー。
ひとりの子供が「先生、踊り、上手」というと、ドリューも
「僕もダンスを見たいな」と彼女に言う。
ローズマリーは子供たちの前で、歌詞を手話で表現しながら、なめらかに舞い踊った。
ドリューは彼女のダンスの才能を確信した。

その晩、ドリューはローズマリーとゆっくり話をした。彼女は6才の時に罹った「はしか」による高熱で、耳がきこえなくなったと。
相手の顔が正面にあれば、唇を読むこともできる。でも完全にはわからない。
ドリューは「きみの声がききたい」と言った。
ローズマリーはためらった。過去に声を出して笑われたりしたことがトラウマになってるのだろう。

だが勇気を出して目の前のドリューに言った
「わたしのこえ、へんでしょう?」
「どんな声だっていいさ。きみのすべてが好きなんだよ」
二人は初めてくちづけを交わした。

ドリューの家を訪れ、家族たちとも挨拶を交わしたローズマリー。
朝帰りした娘を母親が待っていた。
「あなたの彼氏は声で生きてこうとする人なのよ。でもあなたはその声がきこえない。
分かち合うことができないでしょ?」
「耳のきこえない人間と一緒に暮らすことの大変さを、彼が知った時、
それでも彼が離れないという保証がある?」


一方、ドリューはローズマリーとの結婚を意識するようになり、不安も芽生えてきた。
彼女は自分の言葉をたぶん半分も理解できてない。自分は彼女を支えていけるだろうか?

祖父に相談してみるが
「わしには確たることなど何も言えんよ」
「だがどんなことであれ、掴み取るのは簡単なことじゃない」
「ただ、お前の母さんは、きっとあの娘のことを気に入っただろうな」
ドリューはその言葉に背中を押されるような思いがした。


町の劇場でダンサーのオーディションが開かれることを知ったドリューは、ローズマリーに受けるようにと勧める。
ためらう彼女に「当日は僕も付いてるから」と。
だがその当日、ロスマン家のクリーニング店でボヤが発生、その消火に追われてる内に、オーディションは始まっていた。
ローズマリーは耳がきこえないことを、主催者に話さないまま、ステージに立ち、散々な結果に。
駆けつけたドリューの胸に飛び込んで泣いた。

ドリューは彼女の手を引いて、ステージに上がった。
「2分でいいから時間をください」
インストラクターに
「彼女の顔を見ながら指示をもらえますか?」
「それから」と、舞台にあったスピーカーの音の出る面を、床につけてねかせた。
「こうすれば足を通じてリズムが伝わるんです」
ドリューの熱意に主催者も折れ、オーディションは再開された。

ローズマリーは指示通りに、寸分たがわぬダンスを披露した。
躍動する彼女の笑顔を、ドリューは見つめてた。

ふたりだけの微笑.jpg

映画としては終盤が予定調和っぽいのが惜しいんだが、気分よく見てられるのは、役者に拠るところが大きい。
マイケル・オントーキンは、最初に見たのは、海外テレビドラマの『命がけの青春/ザ・ルーキーズ』だった。新米警官たちの奮闘を描いてた。
ホッケーをやってたことが買われ、その後『スラップ・ショット』で、ポール・ニューマンと共演する大役を得る。
『ふたりだけの微笑』はその翌年の、初の主演映画ということになる。
大泉洋ばりに、モジャモジャの天パーがトレードマークなんだが、目元が優しく、善良な青年が似合うのだ。
彼の気取りのなさが「ハンデキャップもの」という構えを取っ払う効果を生んでる。

エイミー・アーヴィングはここでも繊細な表情を見せて、耳のきこえないヒロインの怖れや、ためらいを表現してる。

ドリューが自作した歌がラストで歌われる。
『待ちきれなくて』という、この映画のテーマ曲となってるが、これはオントーキンが唄ってるのではなく、バートン・カミングスによるもの。
「全米TOP40」のリスナーには馴染みの名前で、元ロックバンド「ゲス・フー」のリードヴォーカルからソロに転向。
『スタンド・トール』という全米トップ10ヒットを持ってる。ダイナミックな歌唱に特徴があり、『スタンド・トール』もサビの大げさなまでの盛り上がり具合が、俺なんかツボだった。

この映画のテーマ曲『待ちきれなくて』も、後半どんどん歌い上げてく感じで、ポップスというより、ミュージカル・ナンバーのよう。

テーマ曲もいいんだが、ローズマリーが聾唖学校の子供たちの前で踊った時の曲、その歌詞がよかったんで、ここに書いておこうと思う。
これはハンデを背負った子供たちに向けて、またローズマリー自身にも、勇気を持って一歩踏み出してみようという内容なのだ。

「魚のように泳げるよ、泳ごうとさえすれば」
「クジラが驚くでしょう、深海であなたを見たら」

「川のように走れるよ、川をくだって海へと」
「海がうらやましがるでしょう、あなたが来るのを見たら」

「木のように大きくなれるよ、落ちるのを怖れなければ」
「ほかの木がねたむでしょう、あなたがまっすぐなのを見て」

「鳥のように飛べるでしょう、あなたが恐れなければ」
「ほかの鳥が尊敬するよ、あなたが踊るのを見たら」

2012年6月17日

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たぬきつね

大学時代、初恋の彼女と初デートで見た映画。抱き合わせの「チャンプ」より印象に残ってた。で、次は茶店でクリソーかな?などと計算して、頭をカナヅチでガツンと叩かれた。彼女の妹が聾唖だと告白された・・・結局、ドリューになれなかった、思い出の映画。
by たぬきつね (2012-09-15 02:31) 

jovan兄

たぬきつね様。

コメントありがとうございます。
そんなことがありましたか。映画は時として思い出とセットになりますね。
映画館で見るからこそ、そういう思い出も積み重なるのだと思います。

by jovan兄 (2012-09-15 23:41) 

たぬきつね

jovan兄様
レス、有り難うございます。

当時は「なぜこの映画を」と悔やんだが
この映画だからかえって二人を近づけたと今、思う。
若い失恋のカケラ。

10年程前に行ったディズニーランドのレトロゲームコーナーに「コインメダル」があり、
なぜか懐かしく感じたのを憶えてる。

ひょんなことからこの映画を思い出し、突然のおジャマ、ご容赦ください。
また、おジャマするかもしれません。

by たぬきつね (2012-09-16 06:47) 

toshi

ふたりだけの微笑この作品ずっと探していた物です。
観せてもらえませんか?
by toshi (2013-07-04 16:02) 

カイルちゃん

この作品はYouTubeで観れますよ。ただし、いくつかのPartに分かれており字幕無しです。
私は繋げてDVDにして観てます。当時リアルタイムで観た大好きな作品です。
輸入盤ならオンデマンド方式で販売してます。こちらも字幕無し。
by カイルちゃん (2013-12-14 11:18) 

ピンクの影

はじめまして。
私も公開当時にこの作品を観て感動しましたし、35年ほど前でしたかかしら、深夜放送でこの作品の吹き替え版を、夢中で起きて観た記憶がございます。
マイケル・オントーキンの声を吹き替えた演者が誰かお判りでしたら、どうか、よろしくご案内下さいませ。
ありがとうございました。
by ピンクの影 (2021-12-10 23:12) 

けい

ここでYouTubeがあるのを知り、録画でき、ブルーレイ・ディスクにダビングして残すことができました。
字幕はないけど何十年も経ってまた感動しました。
ありがとうございました。

https://youtu.be/SAwHdVSlMDU
by けい (2022-10-22 07:27) 

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