フィルムセンターで『ジェラシー』 [映画サ行]

『ジェラシー』

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先月29日まで、京橋の「国立近代美術館フィルムセンター」で特集上映されていた「ロードショーとスクリーン ブームを呼んだ外国映画」のラインナップの中の1作。
楽しかった「フィルセン」通いもこの映画が最後になった。

1979年のニコラス・ローグ監督作。
日本では1981年に新宿歌舞伎町のミニシアター「シネマスクエアとうきゅう」のコケラ落としとして公開され、俺もその時に見て以来のスクリーン鑑賞となった。

この当時ニコラス・ローグというと、ミック・ジャガーを起用した1970年の初監督作『パフォーマンス』は未公開のまま、ワーナーからビデオで先に出て、劇場上映されたのは、1998年のことだったし、1971年の『美しき冒険旅行』もごく地味な初公開時以来、ほとんど名画座にかからないという「幻の作品」扱いとなってた。
その後2004になって、『WALKABOUT』という原題のまま、リバイバル公開が実現してる。

代表作と名高い1973年の『赤い影』も未公開のまま、ようやく1983年にミニシアターで初公開された。
なので監督作としては1976年にデヴィッド・ボウイを起用した『地球に落ちて来た男』以外は見ることが困難な、日本においては不遇の映画作家だったといえる。
今そのフィルモグラフィを振り返っても、『ジェラシー』に至るその70年代の監督作が傑出してるのだ。

監督デビュー作の『パフォーマンス』は別として、ニコラス・ローグの映画には通低するモチーフがある。それは登場人物たちが、「場違いな場所にいる」という、所在なさ、居心地の悪さを抱いてるという点だ。

『美しき冒険旅行』ではそれがオーストラリアの「アウトバック(砂漠地帯)」に取り残された幼い姉弟であり、『赤い影』では溺死した娘の霊に呼び寄せられるように、水の都ヴェニスをさまよう考古学者であり、『地球に落ちて来た男』では、自分の住む星と図らずも風景の似た、アメリカ中西部に墜落してきた異星人だった。
この『ジェラシー』で出会う男と女も、アメリカ人だが、出会った場所は異郷の地ウィーンだ。


アート・ガーファンクル演じるアレックスは、ウィーンの大学で教鞭をとる精神分析学の教授。
テレサ・ラッセル演じるミレーナは、オーストリアと国境を接するチェコに、初老の夫を持つ身だ。
映画はミレーナが睡眠薬で自殺を図り、そのことをアレックスに電話で告げる場面から始まる。
ふたりの間に何があったのか?
監督ニコラス・ローグは記憶をシャッフルするように、時制を入れかえながら、物語を進めていく。

アレックスはミレーナの部屋に行き、昏睡するミレーナを発見して救急車を呼ぶ。
ミレーナは手術台に乗せられ、救命措置がとられるが、呼吸も危うくなり、気管切開が行われる。
この場面は、喉から赤黒い血が溢れ出す生々しさで、目を背ける人もいただろう。

ハーヴェイ・カイテル演じる、地元ウィーン警察のネチュシル警部が、アレックスを事情聴取に呼んだ。アレックスはごく淡々とミレーナからの電話から、発見・通報に至るいきさつを話すが、ネチュシル警部はなぜか、アレックスに疑いの目を向けるような執拗さで、質問を投げかけてくる。


アレックスとミレーナはパーティで出会った。先に誘う素振りを見せたのはミレーナだった。肉感的なボディを強調するようなドレスで、通路の壁に足を立てて、アレックスを通せんぼした。
アレックスは余裕の素振りで、彼女の足をくぐり抜けて立ち去るが、二人はたびたびデートするようになっていく。

奔放なミレーナの色香にアレックスの方がのめり込んでいった。アレックスは彼女との結婚を望んだが、ミレーナの反応は鈍く、遊び友達の男の影もちらついて、アレックスを苛立たせる。
ウィーンのアメリカ情報部で、時折仕事を頼まれてたアレックスは、偶然一組の夫婦のファイルを見て愕然とする。
ミレーナはステファンというチェコ人と結婚してたのだ。

アレックスはチェコ大使館に赴き、チェコでの離婚手続きについて質問した。
嫉妬心は抑えが利かなくなってたのだ。チェコの担当者は、
「誰が離婚するのか?」と尋ね、アレックスが「友人が」と答えると、
「ではそれはあなたの関知する問題ではない」とピシャリと言い渡される。

すでにミレーナはステファンとは別居状態にあったのだが、アレックスが正式に離婚を求めても、頷くことがない。
ミレーナはなぜアレックスが自分のことを手に入れたがるのか、その気持ちがわからない。
「僕のものになってほしい」
「私は誰のものにもならないわ。あなたは欲が深いのよ。なんでも持ってて、なんでも知ってる。」
「私は私のものなんか欲しくない、もちろんあなたのものもね」
「野心なんてないし、芸術家でも哲学者でも革命家でもないの」
「私の好きな時に好きなようにしてたいだけ。私はこのままの私でいたいのよ!」

セックスには没頭できても、互いの愛する気持ちは噛み合わない。愛し方が噛み合わないのだ。
アレックスは彼女を自分だけの物にしたいと嫉妬を募らせ、ミレーナはその束縛に憔悴していく。

ネチュシル警部は、その噛み合うことのない愛の果てに、アレックスがどんな行為に及んだのか、実は把握していた。救命措置を受けるミレーナの体にその痕跡が残されてたからだ。
ネチュシル警部は、そのことをアレックス本人から「告白」させようとしてたのだ。


映画の中では登場人物たちが絶えず煙草を吸っている。アレックスもミレーナも、ネチュシル警部も。
この煙草は一服つけてリラックスしてる、そういう様子を映してるわけじゃない。
みな苛立ちを紛らわすかのように、煙草に火を点けてるのだ。

そして煙草に火を点けるためのライターを、アレックスは別のことに使う。その場面に見る、精神分析学の教授というインテリで、静かな物腰の紳士に見えるアレックスの、冷血で唾棄すべき素顔。

アレックスは部屋で昏倒するミレーナを発見すると、ベッドに仰向けに横たえる。
ランジェリーをまとうだけのミレーナ、その反応を確かめるために、アレックスはライターで彼女の足裏をあぶるのだ。
しかしこの場面はどうやって撮ったのか?足は作りものには思えず、しかしライターの火は皮膚に触れている。
なにか熱さを感じないジェル状のものを塗ってたのかな。

それはともかく、ライターの火を女の体に当てることに躊躇もないという、それだけでも最低だが、さらにアレックスは下着をナイフで切り裂くと、昏睡状態のミレーナを暴行するのだ。
「君を取り戻せるならなんでもする」
まったく言葉の意味を取り違えてるな。

それから月日が経ち、ニューヨークのアストリア・ホテルの玄関前。
タクシーに乗り込もうとしたアレックスは、赤いドレスの女とすれ違う。髪はショートになってるが間違いはない。
「ミレーナ!」
振り向いた女の喉元には、手術の傷跡が残る。
ミレーナは無言で、傷跡を誇示するようにアレックスに見せると、背中を向けた。

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昏睡状態の女性を暴行するという場面は、アルモドヴァル監督の『トーク・トゥ・ハー』にもあった。
病院の介護士の男が、昏睡を続ける若い女性を暴行し、彼女に妊娠の兆候が現れ、騒ぎになるという展開だったが、
「あれもひとつの愛の表現かもしれない」などという感想が述べられたりしてた。
「んなわけねえだろ!」と俺はツッこんだが。

それはともかく、この映画、原題は『BAD TIMING』という。
ウィーンという異国の場所で、亭主持ちの女と出会ってしまったのも、タイミングが悪かったし、
男と女が互いを求め合う、そのタイミングも
「いまここでそれを言う?」みたいなことは頻繁に起こるし、
すれちがう心を表すには打ってつけの題名だろうが、アレックスの視点に立てば『ジェラシー』という邦題もそのものスバリで納得できる。


ニコラス・ローグは撮影監督だった時代から、例えば『華やかな情事 』のジュリー・クリスティの部屋に「赤」を大胆に配していて、その後も『赤い影』の、赤いレインコートの少女の亡霊だとか、この映画でもテレサ・ラッセルが身につける、ドレスや手袋など、やはり「赤」が散りばめられている。
手術シーンの血の色もしかり。
色彩へのこだわりがダリオ・アルジェントと共通するものを感じるのだ。

テレサ・ラッセルのむっちりとした肢体が、とにかく画面を圧していて、ファム・ファタールとして文句のつけようもないエロ美しさだ。

ネチュシル警部を演じるハーヴェイ・カイテルの、インテリの皮を剥いでやろうという、サディスティックな風貌も素晴らしい。髪も長く色気も漂っていて、場面をさらう。

撮影監督あがりの人なので、とにかくカメラの位置が的確なのだ。
この映画では登場人物の切り返しのショットが多いが、目線がきちんと合っている。
当たり前のようだが、その当たり前が出来てない映画も多いのだ。

クリムトやエゴン・シーレの絵の意味するところとか、多分いろんな暗喩も込められてるんだろうが、そのへんは俺の教養不足だ。
トム。ウェイツや、キース・ジャレットや、ビリー・ホリディと、挿入される音楽も渋いけど、ザ・フーの「フー・アー・ユー」はテーマからするとベタすぎないか?

2012年8月1日

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