この映写室はサナギである [映画サ行]

『シグナル 月曜日のルカ』

シグナル月曜日のルカ.jpg

変なコメント題になってしまったが、この映画においてはという意味だ。
映画館という空間は思えば不思議な所だ。
館内の客席部分は、開かれていて、見知らぬ人々が同じ目的のために集う「パブリック・スペース」のようなものだが、彼らにその場所に集わせる「モノ」を送り出す、「映写室」という場所は、客からは閉ざされている。
そこで、どんな風に映画が映し出されようとしてるのか?どんな人間が働いてるのか?客たちに知る由はない。
『ニューシネマ・パラダイス』では、少年トトが、映写室に入り込んでたが、現実には当然「部外者立ち入り禁止」だし、客もきちんと映写されてればそれでいいので、どう映写されてるかなんてことまで、関心も向かないだろう。

この映画に限らず、過去に映写室が重要な舞台となった映画はけっこうある。
フィルムで映写する場合は、1巻のフィルムが約20分位だから、2台の映写機で、交互に切れ目なく映写を繋いでく。映写機は大きな物だし、それが2台あるわけで、もう空きスペースはあまりない。

映写機は大きな音を立てるので、外部からの音も届かない。
この閉ざされた、手狭な空間は、しかしきっと居心地がいいんだろうなと思う。


ヒロインのルカは、大きな川のある田舎町の、古めかしい映画館で映写技師をしてる。
20代前半の若い女性なのだから、珍しい存在だろう。
なぜ彼女にそんな技術があるのかというと、ルカの祖父が、この「銀映館」という歴史の古い映画館の、映写技師を長年勤めてたからだ。
ルカは「おじいちゃん子」で、小さな時分から映写室に入り込んでは、祖父がフィルムを架け替えたり、小窓からピントのチェックをするのを眺めて育った。

その祖父が3年前に他界し、自分が跡を継ごうと決めたのだ。
ルカを長く見てきた映画館の支配人も、それを快諾した。

夏休みで帰省中の大学生・恵介は、「アルバイト募集」の張り紙を見て、銀映館を訪れた。
臨時雇いで短期で済みそうなので、夏休みに働くには丁度いいと思った。
映写を司る「技師長」が足に怪我を負ったため、その助手をしてほしいということだった。
映画館に定休日はないので、休みはない。だが「時給1500円」は破格だった。

恵介は技師長というからには、当然年季の入ったオヤジだろうと想像してたんで、ルカを紹介されて面食らった。彼女はニコリともしないが、大きな黒い瞳には惹きつけられた。

支配人は「採用するかどうかは技師長の判断に委ねる」とし、恵介に働くための3つの条件を言い渡した。
「技師長(ルカ)との恋愛は禁止」
「月曜日のルカは憂鬱なのでそっとしとく」
「ルカの過去を詮索してはいけない」

恵介は愛想のないルカとの仕事や、経験もない映写機の取り扱いなど、とまどうばかりだったが、素直な性格は気に入られたようだった。
映写室の隣には小さな部屋があり、技師長はそこに寝泊りしてるらしい。

詮索するなと言われてたが、恵介はどうしても気になって、支配人の南川に尋ねた。
「時給を下げるよ」と釘を刺されたが、南川は少しだけ、ルカの秘密を語ってくれた。

「技師長はもう3年間、この銀映館から外に出たことがないんだ」

恵介はにわかには信じられなかった。亡き祖父の替わりに、技師長となったのが3年前。ルカはその少し前に、地元のある青年と付き合っていた。
川沿いの邸宅に住むイケメンのレイジという青年で、曜日ごとに「彼女」がいるという、プレイボーイだった。
だがレイジは「月曜日」のルカに、ことさら愛情を向けるようになった。

レイジの子供を妊娠した「日曜日」のアンナは、レイジに愛情を向けられず、自殺してしまう。
それを知ったルカはレイジから離れようと決めるが、レイジは逆にルカへの執着を強め、ストーカーと化していたのだ。

ルカは以来、この銀映館に身を隠してきた。映写室なら誰の目にも留まらない。
恵介はルカの秘密を知るにつけ、彼女への思いが高まっていくのを感じた。
だがそのことは、恵介を否応なしに、歪んだ愛憎劇に引き込んでいくことになる。


ルカへの執着を口調や、微妙なリアクションの取り方で表現する高良健吾の演技力を持ってしても、このミステリー仕立ての愛憎劇の部分は、どうも切迫した雰囲気にならない。

それは、いくら祖父を継いで、映写室を守っていこうという意志があるにせよ、身の危険を感じてまで、この土地に留まる選択肢しかルカにはないのか?と思ってしまうからだ。
警察に相談する様子もない。

井上順が演じる支配人の南川は、理解のある大人という描かれ方だが、こんな異常な状態に、まるで無力のように装ってるのは、大人としてどうなのか?
まあ「ひきこもる」場所として、映写室ってのはアリだなあと思ったりはするが。

恵介を演じる西島隆弘は、ルカを守ろうと思うんだけど、非力で守りきれない、そういう気の優しい青年をうまく演じてる。たいていの人間は、暴力など振るった経験はないはずで、恵介の人物像はリアルだった。

恵介がルカのことをずっと「技師長さん」て呼んでるんだが、昔の漫画で『750ライダー』ってのがあって、主人公の早川光が、互いにちょっとは気にし合ってる同級生の久美子のことを「委員長!」(学級委員だから)って呼んでたのを思い出しちまった。

そして技師長ルカを演じてるのが、三根梓。モデルの経験はあるが、演技はこれが初めてで、しかも映画の主演だ。彼女は映写技師を演じるにあたって、ベテランの本職から、みっちりと映写機やフィルムの扱い方を習ったという。
彼女の手際のいい動きと、スクリーンの映りを見つめる真剣な眼差しは、ここが「彼女」の居所なのだと納得させる。その仕事の手際に比べると、演技の方はまだ硬く、ぎこちない。

ただ三根梓という、まさに「女優の卵」がこの役を演じることによって、この映写室そのものが、彼女にとって「サナギ」の役割を果たしてると見えるのだ。
外界と遮断されたその世界で、三根梓自身が、女優になるために、ひとつひとつのプロセスを積み、監督や共演者に、叱られたり、励まされたりしながら、そのプロセスを養分として蓄える。

映画の終盤で、銀映館の敷地から、一歩一歩足を踏み出して「外界」へと出た場面の、ルカの笑顔は、三根梓が女優として羽化した瞬間であり、女優人生の第一歩をこの映画で印したということでもある。
眼差しに強さを感じるので、例えばNHKの朝の連ドラのヒロインとかに抜擢されるかもしれない。


谷口正晃監督は『時をかける少女』でも、8ミリ映画の撮影の風景を描いてたが、映画への思いを、ノスタルジックに表明することにこだわりがあるようだ。

劇中、銀映館のスクリーンに映し出されるのは、『悪名』や『新・平家物語』や『ガメラ』シリーズなど、往年の「大映」作品だ。製作協力に角川大映が絡んでるからなのか。
そういえば、ルカの祖父を演じた宇津井健も、大映の『黒の…』シリーズや、大映テレビドラマなど、大映の看板スターの一人だった。

銀映館のロケ場所として使われた、新潟県上越市の「高田世界館」は、築100年にもなるという、由緒ある映画館。
外観も洋風で洒落てるし、客席の作りも面白い。

2012年7月6日

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ガメラ医師

 突然コメントを差し上げ、たいへん恐れ入ります。
jovan兄さま、はじめまして。 私は、下記のTBを致しました「ガメラ医師のBlog」管理人のガメラ医師と申します。映画ガメラに関する情報収集Blogを更新しており、こちらの記事には「ガメラ」の検索から参りました。
 拙Blogでは従来より、ガメラ関連情報の一環として、劇中で「ガメラ対ジグラ」が上映された映画「シグナル~月曜日のルカ~」に関する記事情報をまとめておりまして、この度7月3日付けの下記TBの更新
「シグナル 月曜日のルカ」視聴記など 2102/07
中にて、こちらの記事を紹介させて頂きましたので、ご挨拶に参上した次第です。差し支えなければ拙Blogもご笑覧頂ければ幸いです。
 長文ご無礼致しました。それではこれにて失礼します。
by ガメラ医師 (2012-07-13 18:12) 

jovan兄

ガメラ医師さま。

コメントありがとうございます。「ガメラ愛」に溢れたブログ拝見させていただきました。自分は「平成ガメラ」の1作目が好きでした。3作目になると「ガメラなのか美少女なのかどっちだ金子!」と言いたくなりましたが、あれは監督の病みたいなもんでしょうね。ところで『へんげ』はご覧になりましたか?「こんなことになっちゃうのか」という展開で面白かったです。

by jovan兄 (2012-07-14 00:27) 

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