香港映画の本気がビンビン伝わる [映画ハ行]

『ビースト・ストーカー/証人』

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もうこれはね…爆発的に面白いね。
交差点で起きた3台の車の衝突事故。まずこの事故場面が凄い。車の衝突場面はそれこそ数限りない映画で描かれてきてるが、車が激しくぶつかると、窓ガラスがこんな風に粉砕して、その破片が乗ってる人間にどう降りかかり、また突き刺さるのか。
それをどうやって撮影したのかわからないが、スローで克明に見せる。
さらに背後から発砲を受け、ハンドルを誤って障害物にぶつかった車の運転席から、ドライバーの頭が半分フロントガラスを突き破ってる。
このエグいリアルさは、交通事故の経験者は正視に耐えないだろう。


先行してたのは、犯行現場から逃走を図る武装犯。警察無線で犯行を知り、偶然それと該当する逃走車輌を追っていた刑事トン。もう少しで追いつくという交差点で、赤で進入してきた4WDに側面から、まともに衝突される。
そのままスピンして、武装犯の乗る逃走車に激突。

その場を通りかかった女性検事アンは、思わず車を停め、外に出る。後部座席には幼い娘が。
だがアンは飛んできた破片で転倒し、気を失う。
武装犯は動かなくなった車を捨て、近くに停めてあるアンの車を盗む。だが後部座席の娘に驚き、とっさにシートを上げ、娘をトランクに押し込む。

刑事トンは動けない相棒を残し、武装犯がちがう車で逃走するのを確認すると、すかさず車に向けて発砲する。
車は障害物に激突し、ドライバーは絶命。武装犯の男を確保する。
だがトンはトランクを開けて愕然とする。
転倒してたアンは起き上がり、自分の車に駆け寄る。そしてトランクを見て絶叫した。


刑事のトンは若いが優秀で、度胸もあり、特捜班のリーダーを任されていた。仕事に厳しく、同じ班にいる従兄の怠慢も許さなかった。だがその事故の後、警察から姿を消した。
トンは自分が図らずも発砲し、犠牲となってしまったアンの娘と、同じ病院に担ぎこまれていた。
トンの怪我はやがて癒えたが、アンの娘は助からなかった。

病院にはその娘と双子のリンが母親と一緒に見舞いに来ていた。トンはいつしかリンに話しかけるようになり、リンも打ち解けた。幼稚園の運動会を見に来てほしいと。

身柄を確保された武装犯の男は、犯罪組織のリーダー格だった。アンはその男の起こした事件の担当検事となっていた。組織はアンにもう一人娘がいることを掴んでいた。
事件の起訴を取り下げさせるため、組織はある男に娘の誘拐を指示した。


男の名はホンといい、元ボクサーだったが芽はでなかった。妻が売春で夫を食わせていた。だが夫婦ともに負った大怪我で、妻はほぼ全身麻痺の状態に陥った。
ホンも片目が潰れ、もう一方の目の視力も落ちつつあった。
ホンは高額な妻の医療費を捻出するため、組織から借金をして、「殺し」の仕事を請け負うようになっていた。
身代金目的の犯人から、誘拐を依頼され、アパートの床下の秘密の部屋に監禁し、交渉が失敗すると、犯人からの言いつけ通り、人質を殺す。

そのホンが、リンの幼稚園の運動会に潜入し、見に来ていたトンの前で、リンをさらって行った。
トンは後を追ったが、不意打ちを食らい倒れる間に、リンを抱えたまま逃げられた。
騒ぎを聞いて駆けつけた母親アンの前には、頭から血を流したトンが。
過失とはいえ、娘の一人の命を奪った男がなぜここに?
両者は無言で立ち尽くした。


刑事トンを演じるのは、『孫文の義士団』『新少林寺 SHAOLIN』など、複雑な性格の役柄に果敢に挑戦してるニコラス・ツェー。自らの贖罪のため、命がけでリンを救おうとひた走る。
警察を離れたトンが頼りにするのは、特捜班の仲間しかいない。
トンの叱責がもとで左遷された従兄に協力を求めに行く場面は、強い印象を残す。

「俺がお前なんかのために協力すると思うか?」
と積年の恨みをぶつける従兄。ただ黙って聞くトン。不意に鼻血が流れ出る。
この場面のニコラス・ツェーの表情は凄い。
相手の話を聞いてて鼻血を出すというのは、過去に見た憶えがない。
従兄は驚き、激高がおさまる。
「ひと言、謝ってくれ」
「すまなかった、従兄」
その言葉でわだかまりは払拭された。

劇の終盤には幼いリンを抱えて慟哭する場面があるが、ここは真に迫っていて、見ていて胸が痛くなってくるほどだ。


そしてトンと対峙する殺し屋ホンには、この映画に引き続きタンデ・ラム監督の『密告・者』でも、ニコラス・ツェーと共演したニック・チョン。
俺は彼の印象は『コネクテッド』の善良な警官や、『密告・者』の冷徹な捜査官など、どちらかというと線の細いイメージだったので、今回の役作りには面食らった。
右目は潰れて白濁しており、周りも深い傷跡が残ってる。そんな異形の顔のメイクで、しかも色彩を認識できなくなっていて、視力も落ちてる。寝たきりの妻には限りない愛情を注ぐが、反面その妻の命をつなぐためには獣になることを厭わない。
「完全悪」ではない人物像の複雑さを演じ切っている。


この二人の役者のまさに熱演で支えられてるんだが、従来の香港映画に見られたオーバーアクトというわけではない。もう紙一重の部分でコントロールされてるのだ。
韓国映画『チェイサー』から後味の悪さを取り除いたらこうなるというような、テンションの高さでは拮抗するものがある。
香港島の北角という地区の繁華街にロケを敢行した追跡場面は、逃げるニックと、追うニコラスどちらも走る走る!「すげえな」と声を漏らしてしまったよ。

劇の終わり近くになって、パズルの最後のピースを埋めるように、殺し屋ホンと妻の真相が描かれる。
交通事故を起点に物語が転がることと、殺し屋が絡む所が1999年の『アモーレス・ペロス』を連想させる。

そして二人の男優ばかりでなく、実は一番の頑張りを見せるのが、幼いリンを演じた子役の少女。パンフにも名前がないんだが、『エイリアン2』でニュートって女の子出てきたよね?もうあの子なみに過酷な目に遭ってる。

ホンのアパートに監禁されてるが、ホンが他の住人の苦情に対応してる隙に、縄を解いて逃げようとする。別の部屋に入ると、寝たきりのホンの妻と顔を合わす。その時の演技とか見事なものだ。
実はホンの妻とリンはもう一度顔を合わすことになるんだが、その場面は感動的だ。
とにかくこの女の子の頑張りで、映画に迫真性が増してる。


もうほとんど文句ないんだが、ちょっとわからない部分もあった。
これは昔から香港映画に感じることなんだが、けっこう人物の相関関係が込み入ってて、その割に展開は早いし、カット割りも早いし、役者たちのセリフも早い。字幕を追っかけながら、筋を整理してくのが大変。

今回で言うと、最初の事故の場面で、女性検事のアンの車が、偶然事故現場を通りかかったのか、彼女も武装犯の車を尾けてたのか、それがどっちだったか見落とした。

それとトンが入院する病院でリンと会ってるんだが、それを母親のアンが知らないのは不自然。
あの年の子供だったらなんでもお母さんに話すだろう。
「今日おじさんと友達になったよ」とか「運動会見に来てくれるって」とか。
実際トンは運動会を後ろの方で見てるが、アンは気づかない。不慮の事故とはいえ、自分の子の命を奪った人間がいれば、その顔にすぐに気づくと思うが。

大体役名がトンとホンとアンとリンて…
多分2度見ればすっきりするんだろう。

この後に作られた『密告・者』は一昨年の東京フィルメックスですでに見ていたが、俺としてはこっちの『ビースト・ストーカー/証人』の方が充実度は高かった。

2012年4月12日

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