みじかくも美しくピア・デゲルマルク [映画マ行]

『みじかくも美しく燃え』

ピア・デゲルマルク.jpg

妻子ある軍の中尉と、サーカスの綱渡りの娘が、駆け落ちして、スウェーデンの森を逃げ歩き、心中して果てる、それだけの物語。
でもこの映画を初めて見る人はきっと
「ああ、こんな美しい映画があったんだ…」と思うだろう。


北欧の短い夏を謳歌するような、したたる緑と、淡い日の光。
逃避行なのかピクニックなのか、柔らかい草の上で戯れ合うふたり。
映画の前半で何度も流れるモーツァルトはちょっとくどい気もするが、それ以外に聞こえるのは、ふたりの会話と、木々のざわめき、鳥のさえずりと虫の羽音だけ。

中尉のシクステンと綱渡りの娘エルヴィラ、ふたりの気持ちはシンプルなものだ。
互いを求める、その強い気持ちだけ。
彼らの居所を見つけたシクステンの軍の同僚が言う。
「君は目の前の草むらしか見えてない。その先に広がる世界のことを考えてるか?」
シクステンは応える
「草むらが世界のすべてになることもある」

男と女が出会い、愛し合う。互いを求める激しい感情はやがて薄れ、それ以外の様々な感情が塗り重なって、つながりは深まってゆく。
でもこのふたりは、ただ「愛してる」という感情以外何ひとつまとうつもりはないのだ。
その感情が薄れてしまう前に、北欧の短い夏が過ぎ去る前に…。

ピクニックのように始まった逃避行も、有り金は底をつき、野いちごや草地に生えるキノコを手掴みして、空腹を満たすのみ。
エルヴィラは口数も少なくなったシクステンに言う
「私たち、覚悟を決めなくてはね」。
真っ直ぐに見つめるその瞳は、さまざまな光を反射して、揺らめいている。

エルヴィラが、宿の洗濯物を干す綱を拝借して、森の中の太い木の間に渡し、綱渡りの練習をする場面がある。
彼女の黄色いドレスと、手にした黄色い傘。クロード・モネの「日傘をさす女」の絵のよう。
これを見ていて、もう1本同じような場面のある映画を思い出した。


偶然にもこの映画と同じ1967年製作のフランス映画『まぼろしの市街戦』だ。
精神病院の患者たちだけが残された村にやってきた、連合軍の通信兵が出会う少女コクリコ。
彼女は黄色いサーカス衣装に、黄色い傘を持って、綱渡りをして見せるのだ。
俺はジブリの『コクリコ坂から』の題名を聞いた時、あの少女のことを思い浮かべてた。
コクリコとはひなげしの事で、だから彼女は黄色に包まれてたのだ。

『みじかくも美しく燃え』のことは、もう大勢の人が批評してるだろうし、既に誰かが、エルヴィラとコクリコの類似を指摘してるとは思うけど、俺は今回買ったDVDを見て初めて気づいた訳だ。

ピア・デゲルマルク。印象的な名の主演女優。
監督に見出されて、デビューを飾った彼女の、人生の一番美しい瞬間をフィルムに収める、そのために映画が奉仕してるように思うほど、彼女の表情に見惚れているうちに、87分が過ぎ去ってしまう。

この後、計4本の映画に出ただけで、スウェーデンの富豪と結婚し、女優を辞める。
だが幸せな結婚ではなかったらしく、離婚後は麻薬に溺れたり、安穏な人生ではなかったようだ。

この映画はエリヴィラが手の中の蝶を空に放とうとするストップモーションで終わる。
その表情の美しさに涙が出てきそうになった。
彼女はこれ1本だけでも十分だったと思う。映画に全身で愛されているのだ。
こんな幸せなこともないだろう。

シクステン中尉を演じたトミー・ベルグレンは、眼差しの柔らかい二枚目。この映画と同じ監督ボー・ヴィーデルベリが1971年に撮った
『愛とさすらいの青春 ジョー・ヒル』に主演してる。
「スウェーデン人が撮ったアメリカン・ニューシネマ」とも呼ばれたこの映画は、それこそ昔は名画座によくかかってたが、いつの頃からかぱったりと見られなくなり、今は幻の映画扱いになってる。

そしてこの映画の大きな魅力はそのカメラだ。撮影監督のイェーイェン(ヨルゲン)・ペルションは、
『スウェーディッシュ・ラブストーリー』『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』や、
パルムドール受賞2作『ペレ』『愛の風景』と、俺が溜め息つくように眺めてたスウェーデンの風景は、すべてこの人が写してたんだな。

ニューマスター版のDVDももちろん美しいんだが、ニュープリントでスクリーンにかかる日が来るとよいなあ。

2011年10月2日

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