先見の明あったな東京国際映画祭 [映画ア行]

『OSS117 私を愛したカフェオーレ』

OSS117私を愛したカフェオーレ.jpg

今年のアカデミー賞は史上初という、フランス映画が作品賞を受賞したわけだが、
その『アーティスト』は、1927年という、トーキー第1作の『ジャズ・シンガー』が誕生した年のハリウッドを舞台に、サイレント映画のスターの凋落と、新しい時代を告げる若い女優のキャリアがクロスしてく様を、「サイレント映画」の手法で描いてるという。
ストーリーから連想するのは、ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』だろう。
『アーティスト』の監督ミシェル・アザナヴィシウスが、受賞スピーチで、ワイルダーの名を三度も連呼してたし。
ただワイルダーの映画の、サイレント時代の大女優を演じたグロリア・スワンソンが、正気を失ってく、底冷えするような感覚とは多分違って、これだけアメリカでも支持されたというのは、『アーティスト』がいい気分で見終えることができる映画だったからじゃないか?俺はまだ見てないけど。

サイレント時代のスターの悲哀ということでは『エド・ウッド』で、マーティン・ランドーが絶妙に演じてた、ドラキュラ役者ベラ・ルゴシのことも思い起こさせるね。
多分、『アーティスト』という映画に対して、ハリウッドで最も嫉妬してそうなのは、ティム・バートンなんじゃないか?「僕が作ってても良さそうな話だった」ってね。

世界的な名声を得ることになったミシェル・アザナヴィシウス監督だが、彼の監督賞と共に、主演男優賞を獲ったジャン・デュジャルダンと、惜しくも受賞は逃したが、助演女優賞候補になってたベレニス・ベジョという同じ顔ぶれで、2006年に製作した、この『OSS117 私を愛したカフェオーレ』が、この機会に晴れてスクリーンでの一般公開が実現になればいいのだが。

この映画はその年の東京国際映画祭の「コンペティション」部門に出品されてて、なんと最高賞の
「さくらグランプリ」を獲得してたのだ。
ちなみにこの時の題名は『OSS117 カイロ、スパイの巣窟』だった。
にも係らず、結局劇場公開には至らず、DVDスルーとなってしまった。


『OSS117』というのは、フランスで1950年代から60年代に7本製作されたスパイ・アクション・シリーズ、その主役ユベール・ボニスール・ド・ラ・バス大佐のコードネームだ。

オリジナル版OSS117.jpg

この映画はそのシリーズの何十年かぶりの最新作という作りではなく、60年代に作られてたスパイ・アクションのテイストを細部まで再現しようという「パステューシュ」を意図してる。
しかもそのフランスの『OSS117』ではなく、ジャン・デュジャルダンが演じる主人公ユベールは、初代007のショーン・コネリーを元にしてるというから、ややこしい。片方の眉をあげて、ニカァーと笑う感じとか。
『アーティスト』も徹底してサイレント映画を「再現」してると言うし、その凝り性ぶりが、すでに発揮されてたわけだ。知らずに見てると、本当に60年代のスパイ映画を見てると錯覚してしまう。

東京国際映画祭では、「芸術性が高い」とか「作家性が高い」とか言うわけじゃないこの映画がグランプリに選ばれた事で、当時は失笑すらされてたもんだが、今となれば、この監督の才能を認めてた、その「先見の明」は語り直されていいだろう。プログラミング・ディレクターは「してやったり」の気分だろうね。
だって本国のその年の「セザール賞」でも、美術賞しか獲ってないんだよ。


冒頭『アーティスト』みたいなモノクロで始まる。第2次大戦中のミッションだ。軍用機の中で、ドイツ軍将校から、ロケット兵器の設計図を奪取した、ユベールと相棒のスパイ、ジャック。
舞台は1955年のエジプト・カイロに飛ぶ。ユベール全然歳くってないが。スエズ運河の利権を巡り、イギリス、ドイツ・ソ連のスパイたちが暗躍する中、先に諜報活動を行ってた相棒のジャックが殺されたらしい。
ユベールの脳裏にはジャックとの楽しい光景が。砂浜で戯れる二人。
「ああ、ジャック…」思わず声を漏らしてるが。
ショーン・コネリーのボンドを模してるから、もちろん女には手が早いユベールなんだが、「隠れゲイ」かも知れないという描写が可笑しい。この砂浜の回想は何度も出てくる。

ユベールはカイロでエジプト人の女スパイ、ラルミナと接触する。ラルミナを演じてるのはベレニス・ベジョ。
この二人の絡みの中で、フランス人ユベールの、イスラム文化に対する無知というか無礼の数々が披露されるんだが、これも、あくまで1960年代当時の白人から見たアラブ人への偏見という体裁をとっている。
夜明けに行われてるコーランの祈祷が町中に鳴り渡ってるという、よく映画で見られる情景があるが、ユベールは塔の上でマイクで祈祷してる人物に
「うるさい!寝られないぞ!」
と、マイクをふんだくりに行ったりするのだ。
ラルミナが酒を勧められて「宗教で禁じられてる」と応えると
「つまらん宗教だな、すぐに廃れる」だって。大丈夫かなと思うような描写の連続だぞ。
ラルミナに「あなたって…典型的なフランス人ね」と呆れられ、
ニカァーと笑って「メルシー!」

先任のジャックが成りすましていた養鶏場の経営者に、後任として入るユベール。ニワトリたちが電気を消すと一斉に鳴き止み、また点けると鳴き出すというのが気に入って、そればかり繰り返してる。それを見て使用人のエジプト人は「こいつはバカかもしれない」という顔をしてる。
そうかと思えば、アラブ人に変装したつもりで、エジプト人の過激派組織に捕まって、重しつけられて海に沈められたりする。だがなぜかいつまでも水中で息が続くらしく、ゆっくりと縄を解いて、ネクタイを締め直して、水面に浮き上がってくる。

そうかと思えば、ドイツ人実業家の案内でピラミッド見学に行くんだが、ピラミッド内部にナチスの第三帝国準備室みたいなもんが出来てて、その実業家は、ユベールがロケット兵器の設計図を奪って、軍用機から突き落としたドイツ将校の友達だったりする。
ユベールと同じように、ドイツ人も友達と砂浜で戯れた回想に耽ってる。
その隙にユベールは扉を閉めて、準備室の連中をピラミッドに永遠に閉じ込めちゃうんだけど。

ソ連のスパイとは、サウナで話し合いを持つことになるが、手下の大男の殺人マッサージで窮地に陥りそうになり、ユベールは得意の空手でなんとかスパイと大男を殺して難を逃れる。
だがサウナで男と会ってたことが、性癖にかかわる誤解を生み、ユベールは言い訳に追われる。
一方ではラルミナとエジプト国王の姪の美女によるキャット・ファイトも展開され、武器を満載した貨物船が大爆破を起こして任務は完了する。
読んでもさっぱりわからんだろうが、俺も見てて何がどうなのか、よくわかんなかったのよ。


オープニングタイトルのグラフィカルな感じとか、60年代のフィルムの発色ぐあいとか、流線型の車や建物、小道具に至るまで、ほとんどCGとか使わずに再現してるから、手間も金もかかってるんじゃないかとは思うね。

俺が一番ウケたのは、ユベールがショーン・コネリーよろしく、国王の姪とベッドインする場面のカメラワーク。ベッドに押し倒すと、そこからカメラはベッド脇の花瓶を写して、さらにパンすると鏡に二人の様子が写ってる。
だがズボンが脱げずにモタモタしてるんで、カメラがサッと花瓶に戻るってとこ。


ジャン・デュジャルダンは、007のバッタモン的な安いキャラを意図して演じてるんだが、愛嬌があるんで嫌味に感じない。それとダンスが上手いね。しかしこんなスパイを演じた役者が、次の主演作でアカデミー賞を受賞するなんて、本人も含めて世界中で誰も思いもしなかっただろう。
俺だって見た時は「ちょっと面白い役者がいるな」程度にしか思わなかったもの。

それでなくても、この映画を本当に楽しめるのは、年配で60年代の「007」だけじゃなく、亜流のスパイ映画やTVシリーズなんかを見てた人たちだろうね。
石上三登志とか森卓也といった映画評論家に、こと細かにネタを解説してもらいたい。

2012年3月7日

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