制服の処女とミスG [映画カ行]

『汚れなき情事』

エヴァグリーン汚れなき.jpg

1934年、イギリスのスタンリー島という小さな島に、ひときわ目立つ古城のような建物があった。カソリック系の全寮制の女子校だ。
その女性徒たちの憧れの眼差し浴びるのが、「ミスG」と呼ばれる若く美しい女性教師だった。彼女は「ダイビング」の授業に熱心で、特にその授業に参加する生徒たちは、ミスGに心酔していた。生徒たちのリーダー格のダイは、ミスGから誰よりも目をかけられていると思っており、それは恋慕の情に近かった。

ミスGは型通りの授業などせず、生徒たちには、自分が世界各地を旅してきた話を聞かせたりした。
環境に囚われず、自由な精神を持つこと。
心を解き放って自分を表現すること。
池に作られた飛び込み台を使ったダイビングでも、彼女はそんな風に生徒たちを諭した。
そこは女性教師と、女性徒たちだけの、閉ざされた秘めやかな楽園に思われた。

そこにスペインからの転校生フィアマがやってくる。お付きの者が荷物を運ぶ姿を見て、彼女が良家の子女であることは一目瞭然だった。
就寝室で私物を広げるフィアマに、ダイは早速ここのルールを言い聞かせるが、フィアマは超然としていて、ダイはその美貌とともに、気に食わなく感じた。
フィアマは英語にも堪能で、生徒たちの知らない知識も豊富だった。ダイと彼女のとりまきのような生徒たちはともかく、年下の女性徒たちは、フィアマに懐いていった。

そしてフィアマに誰よりも惹きつけられたのがミスGだった。「ダイビング」の授業で、いつも一番の飛び込みを見せるダイも霞むほどの、身体を回転させた見事な飛び込みを見せたフィアマに、ミスGは心を奪われた。


月明かりの夜。ミスGは生徒たちを起こし、ナイトスイミングに誘う。
フィアマは気乗りしなかったが、水の中で戯れる生徒たちを見て、自分も後に続いた。フィアマには喘息の発作があり、吸引器が欠かせなかった。

泳いだ後に発作が起き、先に脱衣所へと向かうフィアマ。
ミスGは様子を覗きに来て
「あなたと私はいい友達になれるわ」
と言う。フィアマは無言だった。

フィアマはミスGの「うさん臭さ」を見透かしているようだった。彼女はミスGが生徒たちの前で、アフリカ旅行に行った時のエピソードを聞いて鼻白んだ。その話のオチを先に話した。
ミスGは「前に話したかしらね?」ととぼけたが、フィアマは隣に居たダイに
「あの話は小説のまんまよ」と小声で教えた。
ダイの顔に失望の色が浮かんだ。


ミスGには生徒たちの知らない本当の姿があった。彼女はこの学校に赴任してきたのではなく、元々この学校の生徒だったのだ。
彼女には外の世界に出ることは恐怖だった。ましてや海外旅行などできる筈もない。学校の近くの町にパンを買いに行くだけでも、恐ろしい緊張に見舞われるのだ。

彼女が生徒たちに語る言葉や、物の考え方はすべて学校にある蔵書からの受け売りだったのだ。
「心を解き放て」と生徒を諭す本人こそが、自分だけの妄想の世界に囚われて、心を閉ざしてきた。


ダイたちのグループに受け入れられたフィアマは、夜中に仮装パーティをしようと提案する。生徒たちは思い思いに扮装して、どこから調達したのか、ワインを飲んで盛り上がった。

ミスGは少女たちの哄笑を、廊下から暗い眼差しで聞いていた。
やがてフィアマは飲みすぎて、酔いつぶれてしまう。
ミスGは部屋に入り、生徒たちに片付けを命じ
「私が介抱する」とフィアマを抱えて出て行った。

胸騒ぎを覚えたダイは、ミスGの部屋をドアかげから覗き見た。
ミスGは眠ってるフィアマに口づけして、
「私からさせないで」と呟きながら、フィアマのはだけた胸に顔を寄せていた。
ダイは激しいショックに、ドアの前から逃げ去った。


この物語のオリジンを辿ると、1931年のドイツ映画『制服の処女』に行き着くと思う。

制服の処女.jpg

どちらの映画もまず監督が女性であること。
『制服の処女』も全寮制の女子校に、転校生がやってきて、生徒に慕われる女性教師との関係が物語の軸となってる。
ただその関係性が真逆というか、『制服の処女』の転校生の少女は、貧しい家の出で、下着も破れてたため、女性教師が自分のを一枚あげるのだ。
そんなことから少女は教師を好きになってしまい、学芸会で男装をした晩に、ワインを飲んだ勢いで、教師への愛を告白してしまう。
これは当時「エス」と呼ばれた女性同士の愛を描いた初めての映画と騒がれたそうだ。

もう1本連想させる映画が、1969年のイギリス映画『ミス・ブロディの青春』だ。
こちらは『汚れなき情事』と時代設定が同じ1930年代のエジンバラの名門女子校が舞台。
保守的な校風の中、派手な服装と柔軟な物言いで、生徒たちに慕われる女性教師ミス・ブロディが、その奔放さと、生徒からの嫉妬などで、窮地に立たされる過程が描かれてた。

ミスブロディの青春.jpg

ミス・ブロディは中年だったが「私はいま青春のただ中にいる」と公言してはばからない。
『汚れなき情事』のミスGは、むしろ十代の自分から時が止まってしまってる。


この映画がユニークなのは、『ミス・ブロディの青春』や『モナリザ・スマイル』に出てくる進歩的な女性教師が主人公と思わせておいて、それをひっくり返してる所だ。

女性徒が見本のような女性教師に、憧れの感情を抱くというパターンを逆手に取って、大人である女性教師が、スペインからの転校生の少女に「本当は自分はこうなりたい」と憧れてしまうという、倒錯した関係性を描いてるのだ。


ただミスGがフィアマを部屋に入れる場面の後が、話が急に進んでしまい、結末を迎えるので、そこが物足りない。「女が女を巡って女に嫉妬する」という、俺がこの世で一番好きなシチュエーションを、もっと時間取って描いてくれよと。


監督が女性と書いたが、この『汚れなき情事』は、リドリー・スコットの娘でジョーダン・スコットの長編第1作となる2009年の日本未公開作。
スタッフリストを眺めてみると、父親はじめ、叔父のトニーや、スコット一族総力挙げてバックアップしましたって感じだな。映像はとても奇麗に撮れてはいる。ナイトスイミングの場面などは、水中から裸で泳ぐ少女たちの肢体を収めてるが、エロくはなくて奇麗。

多分父親が相当アドバイスしてるようで、ちょっと絵がCM的に「決まりすぎ」な面も見られた。
ミスGの人物像とか、設定は面白いと思うんだが、もっと踏み込んで描けてもいいんじゃないか?ヒリヒリ感が足りない気がする。
同じ立場の先輩格ソフィア・コッポラのように、自分の個性を作っていけるかは何とも言えない。


ミスGを演じたエヴァ・グリーンはいい。彼女はどの映画でも眉を鋭角に書いて、目の周りも黒で縁取って、顔に迫力を出そうとしてるような所を感じるんだが、今回の映画は、場面によって、素顔が透けるような表情になる。
彼女のスッピンは、パッツィ・ケンジットのような「柔らかい顔」なのだろう。
ミスGの言動と内面が乖離する人物像と、エヴァ・グリーンの「演出したい私」と、素の柔らかい表情が漏れる部分とが、なにかシンクロするようで、この役柄はスリリングに思えた。

ダンを演じるジュノー・テンプルは、美人ではないが、エキセントリックな輝きを放つ女優に成長していきそうだ。
転校生フィアマを演じるマリア・バルベルデは、スペインの女優で、俺は初めて見るけど、ジュリー・デルピー入ってる感じの美少女。

邦題の「情事」というのは内容に適してないね。原題は「亀裂」という意味。

2012年4月19日

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。