ベタだけどなぜか泣ける『サニー 永遠の仲間たち』 [映画サ行]

『サニー 永遠の仲間たち』

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『ロボット』といい『愛と誠』といい、この映画といい、この所立て続けに「唄い踊るヒロイン」を目にしてるな。
高校時代の友情を再確認する、中年女性たちの話で、韓国映画らしい、てらいもなくベタな描写が連続するんだが、不思議と乗せられてしまう。

映画の中で、病室で韓流ドラマを見てる患者たちが、登場人物の告白場面で
「やっぱり兄妹だったのかよ!」
「俺はそうじゃないかと思ってたんだ!」とか、
「また交通事故かよ!いい加減にしてくれ!」
とか言い合ってる。韓国もののベタぶりを笑いのネタにしたうえで、
「この映画もベタだけどね」と進んでく、この監督したたかだな。

だがその一方で、映画は1985年を回想する構成になってるが、「サニー」のメンバーが、敵対する女子グループとの戦いの最中に、市街地での、学生デモと機動隊の衝突に巻き込まれる場面がある。

ここは1980年に起きた「光州事件」を連想されるような設定になってるが、もしベタに描くんであれば、ここはデモに巻き込まれた少女たちの混乱を、激しい暴力描写とともに、生々しく捉えていただろう。
だがこの場面で、監督はデモの衝突と混乱を、一種のミュージカルのモブシーンのように表現してた。
こういう技を繰り出してくるんで、一筋縄ではいかないのだ。


主人公のナミは42才の専業主婦。夫はエリートで何不自由ない暮らし。高校生の娘は反抗期なのか、朝の食卓に会話もほとんどなく、そんな毎日が続いている。
ナミは具合の優れない義母を見舞いに行った病院で、苦痛に叫び声を上げる患者の姿を目にする。
病室の名札には「ハ・チュナ」とある。
高校時代を共に過ごした、仲良しグループ「サニー」のリーダーだ。
「あのチュナが?」
容態の落ち着いたチュナの顔を覗きこむと、チュナはすぐにナミと気づいた。

あれからもう26年が経っていた。気が強く、いつもナミをかばってくれた、あのチュナが、ガンで余命2ヶ月という。チュナはナミに頼みごとをした。
「もう一度、サニーのみんなに会いたいな」

映画はここから、ナミが高校時代を回想する場面と、「サニー」の仲間の現在の消息を訪ね歩く場面とを、交互に描いていく。


地方からソウルの高校に転校してきたナミは、いきなり方言をからかわれ、クラスで悪ぶったサンミから目をつけられる。その窮地を救ったのがチュナだった。ナミを仲間に紹介した。

二重まぶたに憧れる、ちょい「ふくよか」なチャンミ。
国語教師の娘なのに、誰よりも口が悪いジニ。
ミス・コリアを夢見る乙女チック少女ポッキ。
文学少女だが凶暴化するクムオク。
そして仲間ではあるけど、いつも距離を置いて佇んでる美少女スジ。

成績優秀で絵もうまいナミは、すぐに仲間に認められた。敵対グループの「少女時代」との睨み合いの場で、ナミが機転を利かせたのも大きかった。
ナミが加わり、グループ名を「サニー」とつけた。
当時流行ってたボニーMの『サニー』を聴きながら、みんなで振り付けして踊った。
26年前、私たちの青春はキラキラと眩かった。


ナミは高校を訪れ、かつての担任教師に、居所の分かる仲間がいるか調べてもらった。
そして再開したチャンミは、より「ふくよか」になっていた。保険のセールスレディをしてるが、成績は上がらないとこぼす。
他のメンバーの消息はつかめず、チャンミのツテで探偵事務所に依頼した。

あの口の悪かったジニは、すっかり猫をかぶり、セレブ主婦の生活を謳歌していた。
だがチャンミに顔の整形をツッコまれ、思わず言葉遣いが元に戻った。
将来は作家を目指してたクムオクは、安アパートで姑の嫌味に耐えながら、家事をこなすのみだった。

そしてミス・コリアを目指していたポッキの今は、とりわけナミとチャンミにはショックだった。
母親の作った借金を背負い、怪しげな店でホステスになってた。愛する娘とも引き離され、絶望を紛らわすため、クスリにも手を出している。
あの乙女なポッキの面影はどこにもなかった。
26年の月日は、仲間たちの明暗をくっきりと分けていた。

その仲間たちを訪ね歩く途上で、ナミは高校生の娘が、路地裏でイジメにあってる姿を目撃する。
家に帰っても、娘はイジメのことを話そうとしない。口数が少なくなってたのはそのせいだったのか。
ナミはさっそく再会できた「サニー」のメンツを結集させ、娘をイジメる女子高生たちに鉄柱を下した。
警察沙汰になってしまうが、仲間たちには晴れ晴れとした笑顔が戻っていた。


だがそんな中で、ひとりだけ見つからないのがスジだった。
スジはナミにとって、他のメンバーたちとは、ちょっと違う因縁のある存在だった。
スジの凛とした美しさはナミの憧れでもあったが、なぜかスジは心を開いてくれなかった。

だがその理由は意外なものだった。スジも元々は地方出身で、方言でバカにされまいと、必死に突っ張ってきたという。同じ境遇のナミに以前の自分を見るようで嫌だったと。
二人は(高校生なのに)居酒屋でビールを飲み交わした晩に、ようやく打ち解けた。

だがいつもヘッドフォンで音楽を聴いてる、チャンミの兄の友達に、恋心を抱いたナミの失恋の原因となったのも、スジだったのだ。
ナミは回想した。彼を追って薄暗いカフェに入った時のこと。
後ろからヘッドフォンを耳につけられ、流れてきた『愛のファンタジー』
告白する決意をして、彼のもとへ駆けつけようとした晩に、木陰から見てしまった、彼とスジとのツーショット。

いま私が乗ってるのはあの時と同じ電車だ。
駅のホームのベンチでひとり泣いてた、あの時の私。
いま私は同じ駅で降りて、ベンチで泣いてる、16才のナミの肩を抱いてあげよう…


なぜあんなに仲が良かった私たちは、顔を合わすことがなくなったんだろう。
その運命を分かつ日は、高校の文化祭の当日だった。

「サニー」は体育館のステージで、ダンスを披露することになってた。すでに女子高生モデルとして活動してた、スジを目当ての観客も詰め掛けていた。
そんなステージ寸前の彼女たちの前に、サンミが現れた。シンナーを吸っていて、目が据わってる。
サンミは元々チュナたちとつるんでたが、性格がもとで、追い出されてたのだ。
暴れ出すサンミを止めようとして、悲劇は起こった。


この映画が「輝ける青春時代」を振り返る、ベタついた感傷に陥らないのは、高校時代の彼女たちが「バンカラ」だからだ。
威勢がよくて、女子版『ビー・バップ・ハイスクール』みたいなノリなのだ。
タイマン張るような場面も、最初の方ではユーモラスに処理していて、だが後半は凄絶な場面になだれ込んでいく。
その過去とリンクさせる現在の場面の見せ方も上手い。

ナミが高校時代の「サニー」のビデオを家で再生する。彼女たちが、将来の自分に語りかけるという内容だ。「これは反則だろ」と思うくらいの泣かせのポイントになってる。
もう現在の彼女たちの人生がわかってる上で、ビデオの中の、天真爛漫な自分たちを見てるわけだから。


この映画がベタでも心地よく乗せられるのは、主役で現在のナミを演じるユ・ホジョンの、自然だけど、ちゃんと情感のこもった表情をつくれる演技に拠る所が大きい。
この人、フリーアナの根本美緒に、顔の雰囲気が似てると思いながら見てたんだが、笑顔がとてもいいね。
演じすぎるような女優だったら、物語にもちょっと引いてしまうところだった。

高校時代のナミを演じるシム・ウンギョンは、本当に80年代にいたなあという感じの、顔の各パーツが丸い、おぼこっぽいルックスで、よく見つけてきたなと思った。
『愛のファンタジー』の場面は元ネタの『ラ・ブーム』そのまんまで笑ったよ。

映画としてポイントゲッターになってるのは、現在のチャンミを演じるコ・スヒだろう。
玉ノ井親方(大関栃東)そっくりなんだが、表情もいいし、出てくるだけで笑いを誘う。
だが例えば『ブライズメイズ…』のメリッサ・マッカーシーほどの「あくどい」演技にはならず、コミカルな振る舞いを、ほどよく抑制もしていて、この人は上手いなあ。

高校時代のスジを演じたミン・ヒョリンは実際にモデル出身だそうだが、ストレートの髪も美しく、「ザ・美少女」という感じ。デビュー当時の石田ゆり子を思わせた。

楽曲的には「80年代世代向けエクスプロイテーション」といえるが、ボニーMとか、シンディ・ローパーとか、『ラ・ブーム』とか、本当にベタ系で、俺としてはもう少しレアなのも聴けると良かったんだが。
それこそ「細かいことは置いといて」物語に身を委ねてしまった方がいいね。
ピンポイントで「泣かせ」要素を繰り出してくる、その精度の高さは侮れない。

2012年6月21日

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