森山未來がエクセレントすぎる [映画カ行]

『苦役列車』

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原作は読んでない。そもそも芥川賞とか、直木賞とか、そういったものを受賞した小説自体ほとんど読んだためしがない。中卒で、単純労働の職場を渡り歩き、楽しみは風俗と本を読むことという、19才を主人公にした自伝的内容という。

森山未來が主演した『モテキ』は昨年の後半に映画館で見てるんだが、これといって書きたいことも浮かばず、コメントはスルーした。
あの主人公の自意識内部破裂のような症状は、昔の自分にもあった覚えはあるが、魅力的な女優を4人揃えてるわりには、そのうち2人は無駄キャラ扱いだったし、収拾のつけ方も俺には「刺さらなかった」のだ。


しかしこの『苦役列車』の貫多を演じる森山未來には唸った。
映画の最初の方で、港湾の荷役仕事に派遣されるバスの中で、貫多は専門学校生の正二から声をかけられる。正二は田舎から出てきたばかりで、屈託がなく、昼休みにもひとりで弁当をつつく貫多の隣にやってくる。
まずこの場面がいいし、森山未來の演技が秀逸だ。

貫多は仕事場でも日常生活においても、ほとんど人と言葉を交わすことがないのだろう。
俺の知り合いにもいたが、人とコミュニケーションを図るのが苦手な人の、くぐもった口調を、見事に捉えてる。
しばらくぎこちないやり取りが続くが、正二のことを「こいつとは話ができるかもしれない」という気持ちが芽生えてきて、段々口調が滑らかになってくる。
このワンシーンの中で、森山未來は表情とともに、口調を変化させることによって、貫多のパーソナリティを体現してた。

高良健吾が演じる正二は本当にいい奴で、貫多にとっては福音とも思えるような存在だ。
前田敦子演じる、古本屋の店番、康子に声をかけるきっかけを、貫多に与えてやったのも正二だし、
家賃滞納してアパートを追い出された貫多から、次の住まいの保証金を都合してほしいと言われ、金を貸してやるのも正二だ。

酔っ払った貫多が、幼い頃に父親が性犯罪者としてテレビに晒され、一家離散に追い込まれた過去を話し出し、「俺も親父と同じ血が流れてんのかなあ」と呟くと、
「お前と親父は関係ないだろ。俺はお前はいいとこあると思ってるよ」
と言ってやるのも正二なのだ。

正二も東京に出たてで、知り合いもいない寂しさはあったのだろう。貫多は正二を友達だと思った。
「友達の正二を風俗に連れてってやろう」それは貫多の友情の証だ。
だが潔癖な所がある正二は、風俗には馴染めない。

貫多という人間には、友達という概念も実はよくわかってない所がある。
古本屋の康子に「友達になってください」と言って快諾されると、正二には
「友達ってことは、つきあっていいってことだよな?」と真顔で訊く。
「つきあうってことは、ヤレるってことだろ?」
こんな調子なんで、康子も結局は離れていく。

そりゃあ、会えないからと康子のアパートの前で待ち伏せした上に、
「たのむからヤラせてくれよ!」などと迫られれば、決別の一撃も食らうだろう。
この場面の前田敦子の頭突きが見事だった。

貫多は独りでいる時は、読書にふける物静かな青年で、毒もないんだが、人と相対すると負の部分が漏れ出してしまう。
正二に昔つきあった女の話をする時も、酷い言い草でその彼女のことを腐す。
過去の恋愛話を吹聴する男を、女性は大体嫌うもんだが、それの最悪パターンといっていい。

しかもその話に出した彼女が、行きつけの風俗で働いていて、バッタリ再会、そのまま半ば強引に、彼女がホステスをやってるバーに押しかける。
自分の相手をせずに男といちゃついてる彼女に、またも暴言を吐き、その男にボコられる。
だがボコられた後も一緒に飲んで、動物のマネごっこをさせられる。
なんだこの場面は。
俺は山下敦弘監督の2002年作『ばかのハコ船』が大好きなんだが、このバーの場面なんかは、あの映画のシュールな脱力感に通じる感触があった。


映画を見てれば貫多のろくでもない人間ぷりが、これでもかと開陳されるわけだが、それだけがこの映画の視点ではない。
貫多はろくでなしには見えるが、常に働いてはいるのだ。
この映画は「労働する者」を描く映画でもある。


港湾倉庫での描写にいいものがある。貫多や正二より長く働いてる高橋という中年男が出てくる。
昼飯を食う若い二人にちょっかいを出しに来て
「お前ら、若いんだから夢をもたなきゃ駄目だろ」
などと余計なことを言う。貫多は思いっ切り鼻白んでる。

昼休みに港の堤防に張り付いてるカラス貝を、高橋は容器一杯に取ってくる。
「女房のみやげにするんだよ」
だが冷蔵庫貸してくださいと、社員に言うと
「こんな汚い海で取った貝が食えるわけないだろ、アホか!」と一蹴される。

後になってその場を見てた貫多は
「あの貝どうしたんすか?」
「残念だったすねえ、奥さんのみやげだったのに」
と薄ら笑って、高橋をキレさせる。

その高橋は作業中にフォークリフトの運転を誤り、転倒した車両に足を挟まれ、片足が使い物にならなくなる。臨時雇いで労災もおりない。

貫多と正二は真面目な仕事ぶりが認められ、荷役からフォークリフトへ「格上げ」となる。
このブルーカラーの仕事現場にもヒエラルキーが存在し、荷役に支給されるのは弁当だが、フォークリフトになると社員食堂で昼飯が食えるのだ。
「もうここで食うと弁当には戻れないよなあ」
と貫多は正二と話すが、高橋の事故を真近で見て以来、貫多は自ら荷役に戻ってしまった。


正二が専門学校で知り合った彼女とのデートを優先するようになり、貫多との友人関係はぎくしゃくしてくる。
正二の彼女を交えて3人での居酒屋で、目の据わった貫多は毒を吐き散らす。

下北沢に住んでるという正二の彼女に
「おまえら田舎もんは、決まって世田谷とか杉並とかに住みたがるよなあ」
そこからはもう歯止めが利かなくなり、思い切り下衆な言葉で、彼女を蔑む。
正二との友情はこの夜に終わる。

同じ港湾の倉庫で働き続けてる貫多と正二だが、もう職場でも会話はない。
二人が決別する場面は心が痛い。
正二は彼女と一緒に住むアパートに引っ越すため、仕事も変えると言う。

「電話番号教えてくれよ」
「いいけど、彼女との生活があるからな。緊急の用以外ではかけてこないでくれよ」

立ち去る正二に「俺たち友達だろ?友達だったよな?いままでありがとう」
貫多の言葉に正二は黙って手を上げた。


事故で港湾の仕事を辞めた高橋と貫多がカラオケバーで飲んでる。
「あの二人が?」と思ってしまうが、貫多が誘い出したのか、歌が得意だと言ってた高橋が声をかけたのか。
調子よく先輩風吹かせてた高橋の面影はない。

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「ほんとはな、夢なんて叶うわけねえんだよ」
「働いて、飯食って、寝て、また働いて、一生これの繰り返しだ」
貫多はおもむろに
「おれ、本が好きなんすよね」
「それがなんなんだよ?」
「いや、おれ本書こうかなと思ってるんですよ」
「おまえなんかが書けるわけねえだろ、この中卒が!」

高橋は吐き捨てて、ほかの客のマイクを奪い『襟裳岬』を熱唱しだす。これが上手い。
上手いのは高橋を演じてるのが、本職シンガーのマキタスポーツだから。

高橋の鬱屈と、貫多が初めて「成すべきこと」を口にするという、その感情の噴出とが、混然となった、ここは忘れ難い場面だ。


その日その日の労働で食いつなぎ、ほとんどを食費と本と風俗で使い果たし、まるで山手線のように永遠とループするような人生。
だが貫多は労働を止めることはない。生活保護の受給を画策したり、もっといえば犯罪に手を染めたりということにはならない。
貫多という「ろくでなし」と彼が行動範囲とする、きつい環境を描いていながら、そこに犯罪は出てこない。
まあ何度も貫多はボコられてはいるが、それは自業自得ということなんで。

余裕のないカツカツの生活に追われながら、でも大部分の人たちは犯罪に手を染めることなどなく、必死に暮らしてるのだ。
貫多もその「労働する」者の一人にすぎない。


エンディングのシュールな趣向も『ばかのハコ船』チックで俺は好き。
多分原作はもっと体臭がきついんだろうが、山下敦弘監督の作風は、どんづまりを描いても、どこかに飄々とした風通しのよさがあるもので、山下監督が手がけたとなれば、こういう感触に仕上がるのは予想はついた。

なんにしても欠落した人間を眺める映画は面白い。
森山未來という役者の凄さを初めて思い知らされた気分だ。

2012年7月23日

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