ホームズはコカイン中毒だった? [映画サ行]

『シャーロック・ホームズの素敵な挑戦』

シャーロックホームズの.jpg

別にロバート・ダウニー・Jrのことを言ってるわけじゃなく、そういう設定で、コナン・ドイルの原作ではない、オリジナル脚本で書かれた「ホームズ」もの。

コナン・ドイルが『最後の事件』で描いた、ホームズとモリアーティ教授が、ライヘンバッハの滝つぼに落ちて行った、その結末から、3年後に執筆される『空家の事件』までの、その空白期間のホームズを描いてしまおうという趣向だ。

1976年のハーバート・ロス監督作で、長らくDVD化が待たれてたが、「スティングレイ」からリリースされた。映画検索サイト「オールシネマオンライン」のHPから通販で買える。


1891年10月、ワトソンの元に、ホームズから4ヶ月ぶりに音信がある。
ベイカー街のアパートの2階の部屋を訪れると、ホームズはなにかを非常に警戒してる。
ホームズが「犯罪界のナポレオン」と呼び、その犯罪を暴こうとしてる、モリアーティ教授が、刺客を差し向けてくる。ホームズはそんな風に思ってるようだ。

テーブルにはコカインを7%の溶液に薄める注射器が見える。
ワトソンは、ホームズがコカイン中毒に陥っているのを知っていた。
だがホームズがなぜコカインに手を出すようになったのかは、ワトソンにもわからなかった。

家に戻ったワトソンを、モリアーティ教授が待っていた。
悪の帝王などとはとても見えず、困り果てたという表情をしてる。
モリアーティ教授は、もう長くホームズからいわれのないプレッシャーを受け続けてると、泣きついてきたのだ。

ホームズは教授の後を尾け回し、「今度こそ息の根を止めてやる」といった脅迫文を寄こして来るという。自分は一介の数学教授にすぎないのに。
ワトソンは「面識もないあなたになぜ?」と訊くと
「私は昔、ホームズ兄弟の家庭教師だった」
と教授は言った。
ワトソンは「ホームズは自分のことを全く話さないので」
と言うと、なぜかモリアーティ教授は顔色を変え
「本人が話してないのなら、私が話すべきじゃない」
そう言ってそそくさと立ち去った。

ホームズとモリアーティ教授にはどんな因縁があるのか?
それがコカイン中毒と関わりがあることなのか?
当時コカイン中毒に対する有効な治療法は、まだ確立されてなかった。

その治療を行える人間がウィーンにいるという。
ワトソンはモリアーティ教授に協力を仰ぎ、ロンドンからウィーンへ旅立ってもらった。


日頃から教授の行動をマークしていたホームズは、教授が家を留守にしたことに気づいた。
教授の家の玄関先にバニラエッセンスを撒いておいたホームズは、犬のトビーを連れてきた。
『四つの署名』で活躍したトビーだ。ワトソンも同行した。

トビーに匂いを辿らせて着いたのはビクトリア駅。
ウィーン行きの汽車に乗ったようだ。
ホームズたちは、すぐさま後を追った。
汽車に乗ると、ホームズはすぐに席を外した。
コカインを注射しに行ったのだと、ワトソンはわかっていた。

ウィーンに着くと、ホームズは迷わず馬車の乗り合い場に向かった。
馬車は目的地に着いたら、また駅に戻るはずだ。
犬のトビーが一台の馬車の匂いに反応し、ホームズは御者に金を渡して、前に乗せた客の目的地まで向わせた。

「19番地」の札がかかる建物に入って行くホームズとワトソン。
「追いつめたぞモリアーティ」と思いきや、部屋から出てきたのは全くの別人。
「髪まで染めてうまく変装したものだな」
まだ信じてないホームズに、男は自己紹介した。
「私はジグムンド・フロイト博士だ」


この映画のオリジナル脚本を書いたのはニコラス・メイヤー。
この前年の1975年のTVムービー『アメリカを震撼させた夜』の脚本を書いてる。

これは1938年10月に、まだ映画監督デビュー前のオーソン・ウェルズが仕掛けたラジオドラマの内幕を描いてる。H・G・ウェルズ原作の『宇宙戦争』を、さも本当に起こってるような効果音をつけ、迫真の口調で中継してるように演出して流した所、全米中で、真に受けた市民たちがパニックに陥ったという実話を元にしてる。

アメリカを震撼させた夜.JPG

これをテレビで録画したビデオが押し入れにあったんだが、テープが切れてて、直さないと見れない状態だ。直したら「押し入れ」で紹介したい。

ニコラス・メイヤーは1979年には自らの脚本で監督デビューも飾っている。
『タイム・アフター・タイム』で、ここでも『タイムマシン』を書いたH・G・ウェルズが、実際にタイムマシンを発明してたという設定だった。
現代にタイムスリップした「切り裂きジャック」を追うという内容。
この『シャーロック・ホームズの素敵な挑戦』ではフロイト博士を登場させたり、実在の人物を虚構の中に絡めるというアイデア巧者なのだ。


さていきなりフロイト博士に自己紹介受けて面食らうものの、ホームズは、博士がユダヤ人で、学界でどういう立場にあり、家族構成はどうなのか?ということまで、たちどころに推理してみせた。
短い時間に部屋の隅々まで観察してたのだ。
フロイト博士はその洞察力に一目置いたが、すかさずホームズのコカイン中毒を指摘した。
ホームズは動揺し、同時に今回のウィーン行きは、ワトソンに仕組まれたことだと、親友を非難した。
ワトソンはなにも言わなかった。

ホームズはコカイン中毒から脱け出すことは困難だと言ったが、フロイト博士は時間をかければ治療は可能だという。
フロイト博士は、退屈しのぎにコカインに手を出した、というような理由ではないと考えていた。
なにか深いトラウマが関わってる。
それを解き明かすためにも、ホームズに催眠術をかけた。
ホームズは一時的に禁断症状も治まり、眠りについた。

フロイト博士とワトソンは、ホームズのカバンを調べ、二重底の底辺に、溶液の注射器がズラリと並べて隠してあることを発見する。
治療は容易ではなさそうだった。


数日間はホームズは激しい禁断症状に苦しんだ。
「ヘビだ!ヘビがいる!」とワトソンを呼ぶ。
ドレッサーの扉からオオカミが襲ってくる。
天井からゆっくりぶら下がってきたヘビは、やがてモリアーティ教授の顔になった。
フロイト博士の辛抱強い治療の甲斐もあり、ホームズの禁断症状は治まってきた。

ホームズはワトソンを呼んだ。
「僕は君になにかひどいことを言ったりしたかな?」
「なにも言っちゃいない」
「もし言ったとしても、それは本心なんかじゃない」
「君は僕の親友なんだから」
ワトソンはその言葉に小さく頷いた。


治療は進むものの、ホームズは食事に口をつけず、表情も冴えない。
フロイト博士は、患者の若い女性が、自殺未遂を起こしたと知らされ、その病院へホームズたちも連れて行った。
ホームズには「君のためにもなるだろう」と。

一命を取り留め、病室で眠ってたのは、メゾ・ソプラノの人気女性歌手ローラ・デヴローだった。
彼女の手足にはコカインの注射跡があった。
ローラは橋から身を投げたというが、ホームズは手足の縄の痕から、その前に監禁されてたと推理した。
「なぜ逃げ出せたのに、自殺を図る?」
「また禁断症状に苦しむと思い、絶望したんだよ」
ホームズは、ローラが自分と同じ苦しみにあるという共感を持った。
女性には冷淡な所のあるホームズとしては珍しい感情ではあった。

誰が彼女を監禁したのか?そしてコカイン漬けにしたのか?
ワトソンは、ホームズが探偵の本能を甦らせ、精彩が戻ってきてるのを目の当たりにした。
「君のためにもなるだろう」と言ったフロイト博士の言葉の意味がわかった。
ホームズはローラから、自分を拘束した男の特徴を聞きだした。
ホームズの中から、もはやモリアーティ教授の存在は消えていた。


3人が入ったレストランで、偶然にホームズは特徴と一致する男を見つけ出す。
だがホームズには禁断症状が現れつつあり、フロイト博士に催眠術をかけるようせっつく。
ホームズが眠りに落ちかけた時、男が店を出て行こうとしてた。
見失ってしまう。ホームズを起こすがなかなか目を覚まさない。
追跡も非常に面倒くさいことになってきた。

だが何とか男が薬局でコカインを調達し、誰かに渡そうとしてるのを捕まえた。
ホームズは男を締め上げ、黒幕はオーストリア人のラインスドルフ公爵と突き止める。

ラインスドルフ公爵は、フロイト博士とワトソンが、スポーツクラブに立ち寄った際、フロイト博士を侮辱して、テニス試合での決闘の末、打ち負かされていた。
「公爵がなんでローラを?」
だがその時、ローラは病院から連れ去られ、イスタンブール行きの国際列車に乗せられていた。


この一件にはトルコの王族が絡んでいる。ホームズは様々な断片から推理を組み立てた。
ラインスドルフ公爵はモンテカルロのカジノで大負けした。
借金をした相手のトルコの王族アミ・パシャは、歌手ローラに惚れこみ、我が物にしたいと考えていた。
ラインスドルフ公爵は借金のカタにローラを差し出すため、彼女をさらってコカイン漬けにしたのだ。

イスタンブール行きの汽車はすでに出た。
ホームズたちは駅に停車中のドレスデン行きの汽車をジャック。
猛スピードで後を追う。
ドナウ川を越えられたら手の打ちようがなかった。


俺はSLとか詳しくないけど、見る人が見れば、この古いSLが2台走る追跡場面はたまらない見所になるんじゃないか?
ドナウ川を併走する2本の線路が、次第に交わっていく、そのロケーションがいいんだよなあ。

後を追うホームズたちの汽車には石炭が無くなり、後ろの空の客車を斧でバンバン解体して、木材を薪がわりにしてくとか、ユーモラスな見せ場になってる。
ようやく背後に追いつくと、今度は前の汽車に乗り移ったホームズと、ラインスドルフ公爵が、客車の屋根に上って、剣で渡り合う。
落ち着いた推理調で進んでたドラマが、一転活劇になるのも楽しい。


ホームズたちの活躍で事件は無事解決。だが肝心のホームズの、コカイン中毒の原因が解明されてない。フロイト博士は最後に催眠術を施す。

少年時代のシャーロックが、2階の両親の寝室に向ってる。
扉から覗くと、母親がよその男とベッドにいる。
そこに父親が入ってくる。男は部屋を逃げ出す。
次の瞬間、父親は銃で母親を撃った。間近で血を浴びるシャーロック。
その時すれ違った男と目があった。家庭教師のモリアーティ教授だった。

ホームズがコカイン中毒となり、その妄想からモリアーティ教授を悪の帝王と思い込んでた、その真相が明らかにされたのだ。
トラウマを克服したホームズは、フロイト博士の元を去ることにした。

ワトソンは一緒にロンドンに帰るものと思ってたが、ホームズは
「船でブダペストに行く」と言い、ワトソンと別れた。
晴れ晴れとした気分のホームズと、同じ船にもう一人、女性が乗り合わせていた。
二人は旅を共にすることにした。


ロバート・ダウニー・Jrの映画版、ベネディクト・カンバーバッチのテレビ版、それぞれに新しいホームズ像を築いて評判を得た。
この映画のホームズは、話自体は奇想天外ながら、演じてるニコル・ウィリアムソンはいかにも英国紳士の風情で、原作のホームズ像を踏襲してる。

むしろワトソンを、ロバート・デュヴァルが演じてるのが意外なキャスティング。
普段は中西部訛りでしゃべってるような印象の彼が、英国訛りを披露してるのは「聞きもの」といえる。カツラはつけてます。

ホームズものでありながら、キャストのビリングで一番最初なのが、フロイト博士を演じるアラン・アーキンなのだ。たしかに当時でいえば、彼が一番名前が通ってただろう。
この人も変幻自在であって、1966年の『アメリカ上陸作戦』ではロシアの軍人を演じてた。
この映画ではフロイトということで、オーストリア訛りの英語を話してる。

ローラを演じてるのはヴァネッサ・レッドグレイブ。この映画の時には39才で、男優も女優も、若い役者が出てないというのも特徴だね。
ヴァネッサの役は出番も少ないし、歌手なのに唄う場面もないし、演技派の女優としては物足りない役だったろう。
翌年の『ジュリア』では、アカデミー助演女優賞を獲得してる。

そしてホームズに苛められるモリアーティ教授を演じるのがローレンス・オリヴィエというんだから、これは渋いなりに豪華キャストといえる。

2012年9月4日

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