スクールカーストとゾンビサバイバル [映画カ行]

『桐島、部活やめるってよ』

桐島部活やめるってよ.jpg

学校生活において、チビであることは、けっこうな不利として働くんだよな。
社会に出て、仕事の場になれば、身長など誰も気にしないが、中学、高校、ふつうに飯食って、寝て、体動かしてりゃ、身長は伸びるって時期に、なんでお前はチビなんだよ。
十代ってのは残酷な季節だから、こんな風な理不尽な物言いにさらされる。

なので自分がチビだと自覚してる少年は、人一倍アグレッシブにならなきゃいけない。
「あいつチビのくせにすげえな」
こう言わせるようにならないとね。
野球をはじめ、小柄なアスリートに、闘志を前面に出すキャラが多いのは、そのせいだ。
思索的なチビというのは、存在を正しく理解してはもらえないのだ。

この映画は、アメリカの青春映画のような「スクール・カースト」を描いてもいるが、格差を生む要因は他にもあるのだ。
神木隆之介が実際はどのくらい身長があるのかは、わからない。
そんなに背は低くないのかも。
だが意図的に彼より背丈のある子たちを、周りにキャスティングしてる気がする。

神木君が演じる、映画部の部長・前田と、共鳴を起こしてるようなキャラなのが、バレーボール部の風助。
キャプテンの桐島が、部の練習に出て来なくなり、代わりに「リベロ」を任されるんだが、とても同じレベルには追いつかない。
副キャプテンの久保は、そのことに苛立ち、執拗に球を拾わせる。
バレーボール部だから、久保をはじめ、部員は背が高い。
風助は似つかわしくないほどチビなのだ。

胸ぐらをつかまれて、風助は久保に叫ぶ
「目一杯やって、このレベルなんだよ!」
は、胸に来るセリフだった。


田舎町の高校。バレーボール部のキャプテンで、技量的にも、精神的にも、部の要だった桐島が、部を辞めるという。
その噂は瞬く間に校内を駆け巡った。その噂が立って以来、校内で桐島を見た者はいない。
動揺は部員以外にも広まっていった。

桐島の「彼女」で、校内でも人気No1の梨紗は、そのことを本人から聞かされておらず、いつもの待ち合わせ場所で、桐島の部活帰りを待ってる。
桐島の親友で、スポーツ万能の、元野球部員・菊池も、同じく本人からメール一つもらってなかった。
桐島が部を辞めるという話は、バレーボール部のマネージャーたちから広まったのだ。


梨紗を中心とする「グループ女子」には、沙奈とかすみと実果がいる。
4人はつるんではいるが、その関係は微妙なバランスの上に成り立っていた。

沙奈は「学園の女王」たる梨紗の親友を自認することで、ステータスを感じてる。
そして自分は桐島の親友である菊池と付き合ってる。
教室で菊池の後ろの席にいる、吹奏楽部の亜矢が、菊池に想いを寄せていることを察知すると、亜矢が見てることを承知で、菊池とキスを交わしたりする。

かすみと実果はバトミントン部だ。
実果は死んだ姉と同じバトミントンに打ち込むが、かすみのような才能がないことを自覚してる。
だから部を抜けた桐島の代役を背負わされた、バレーボール部の風助の気持ちが痛いほどわかる。

なので桐島のことに一々動揺する生徒たちを、つい冷笑もする。
その態度が沙奈には気に食わない。

かすみはそのグループの中で、冷静に振舞っている。
だが菊池とつるんでる竜汰とつきあってることは、周りに明かしてない。
「女子のつきあいは大変なのよ色々」
竜汰はそう聞かされていた。


「グループ男子」の菊池と竜汰と友弘は、いずれも部活動をしておらず、いつも校舎裏でバスケをしながら、桐島を待つのが日課だった。
菊池は一応野球部のバッグを背負っていたが、いつの頃からか、部活に出なくなってしまっていた。

野球部のキャプテンは顔を合わすと
「練習に出なくてもいいから、試合には来てくれんか?」
とその才能を惜しんだ。
菊池はどこか醒めていて
「できる人間はなにやってもできるし、出来ない奴はなにやってもできないってだけ」
と簡単にシュートを決めながら言う。


ここにもう一つのグループがある。「グループ空気」だ。
映画部という、ほとんどの生徒がその存在も知らない部に所属し、自主制作映画を撮ってる前田と、映画愛でつながった親友の武文だ。
教室の片隅で、「映画秘宝」の最新号を二人で読んで盛り上がってる。

前田が監督した第1作目は「映画甲子園」の一次審査に通ったと、全校朝礼で発表もされるが、生徒たちからはおざなりな拍手をもらうだけだ。
二次審査には落ちたんだが。
映画部の顧問がつけたという寒いタイトルは、失笑すら買っていた。

前田は2作目の構想を顧問に告げた。タイトルは『生徒会オブ・ザ・デッド』
高校を舞台にしたゾンビ映画だった。即効却下された。

「ゾンビがリアルだと思うか?」
「先生はロメロを見てないんですか!」
前田は食い下がるが、顧問は
「お前たちの半径1メートル以内の話を描け」
「恋だとか、友情だとか、高校生らしいものがあるだろう」

彼らの半径1メートル以内に、描くことができる何があるというのだろう。
他の生徒たちの半径1メートル以内に、前田と武文が入ったとしても、その存在を認識してはもらえない。桐島が不在であることで、逆にその存在を色濃く生徒たちに刻印するのに対し、前田と武文は、存在そのものが「不在」と一緒なのだ。


教室で「グループ女子」が雑談してて、前田たちの映画のタイトルの話になる。
それを笑い話にしてて、ふと教室の隅の席に、前田が雑誌を読んでるのが目に入る。
「聞こえたんじゃない?」
「平気平気」なんて言ってる。
武文が「おまたあ」とやってきて、二人は教室を出る。
「おまたあ、だって!」
女子たちの哄笑が響く。

「グループ女子」視点の際には、聞こえてないような描かれ方だが、前田視点で描き直されると、しっかり女子の声は聞こえてる。
武文は「あいつら、絶対に映画には使ってやらない」
校舎というのは、音が反響するような構造になってるのだ。
予想以上に声は届いてると思うべきだよな。
二人が「空気」と思われてる証拠だ。


印象的な場面がある。休日に町のミニシアターで、前田は塚本晋也監督の『鉄男』を見ていた。
堪能したなあと、何気なく後ろの席に目をやると、かすみが見に来てたので驚いた。

劇場を出て、前田は自販機でコーラをおごり、教室ではひと言も話す機会のないかすみと、会話した。
映画のことしか話せず会話は弾まない。

前田とかすみは同じ中学で、その当時はよく話しもしてたのに、高校に入って、変わってしまった。
「前田くん変わってないよね」
かすみはコーラの礼を言うと立ち去った。

このシチュは前にも覚えがある。
大槻ケンヂの小説『グミ・チョコレート・パイン(グミ編)』に書かれてた。

クラスで口も聞いたことのない可愛い子がいて、その彼女と主人公の高校生が、名画座で偶然会う。
かかってたのはジョン・カーペンターの3本立てで、
彼女は「カーペンターの話が出来る人がクラスにいると思わなかった」と
「カーペンター!カーペンター!」
とピョンピョン飛び跳ねて喜んでる。
その姿にいっぺんに恋してしまうという、そんな描写だった。

「そんなことが起きればいいよなあ」
というボンクラ映画少年の妄想として完璧なシチュだったな。

そうはならんけどねと言うのが、この映画の描写だったが、かすみはその後、校内でゾンビ映画の撮影に情熱を燃やす前田に、好感を抱いてくのだ。


この映画はいま挙げた登場人物のエピソードを羅列してくんではなく、前半は同じ1日を、各々の視点から捉えなおすという手法を取っている。

『羅生門』方式と言えるが、これは教室では、誰かが主役というわけではなく、教室にいる生徒ひとりひとりに、語られるべきストーリーがあるのだということなのだろう。


前田を演じる神木隆之介は、キャリアを積んでて、さすがに上手い。
ユーモラスな演技は見ものだ。

校舎の屋上でゾンビを撮りたいのに、大後寿々花演じる亜矢が、サックスを吹いてるのが、画面に入ってしまう。
前田は女子でも運動部の子には強く出られないが、文化部となると、怖くはないらしい。
少しの間どいてほしいと頼むが、応じてくれない。
亜矢は屋上のその位置から、バスケに興じる菊池を眺めながら、サックスの練習をしてたのだ。
でもそんなことは言えない。

あまり頑固なので、前田も口調がきつくなる。
「屋上は君だけの物じゃないよね?」
そのいつもの弱気とちがい「言い負かしたる」な感じが笑いを誘う。
大後寿々花の「なんでイジワルするのよ」というウルウルな表情もいじらしい。

役者で良かったのは、武文を演じた前野朋哉だ。
神木隆之介は黒縁メガネで、オタクっぽさを出してはいるが、顔が整ってるというのは隠しようがないが、武文のリアル映画オタな風貌は、生々しすぎて心が痛くなりそうだ。

しかも状況によっては前田より芯が強かったりする。
運動部の連中への捨てゼリフも可笑しい。

あと出番は多くないが、野球部のキャプテンを演じた高橋周平という役者も、なんか独特のグルーヴを感じる、面白いセリフ回しをしてたな。


桐島の不在が、生徒たちの関係に、様々に連鎖していき、最後にどんな光景を描くのか。
その大団円も見ものだが、乱暴な言い方をすると、その場面がなくても、俺は十分に面白がれた。

菊池が野球部の練習を眺める場面があるが、グラウンドが、道路より下にあるのがいい。
その見下ろしてる感じが、なにか過去の情景を見てるような心持ちにさせるのだ。
照明に灯が入り、バットが白球を弾く音がこだまする。

前田がゾンビ映画のセリフに書いた
「僕らはこの世界で生きていかなきゃならない」
というのは、十代の当事者の、のっぴきならない状況への覚悟でもあるが、その世界はたかだか3年で過ぎ去っていく。
あのグラウンドの光景には、現実はすぐに郷愁に変わる、その移ろいを感じさせるのだ。

2012年9月5日

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