ジョルジアの眼差しと共に歩む『輝ける青春』 [映画カ行]

『輝ける青春』

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この6時間に及ぶ、イタリアのある家族の物語の見所を一から十まで語ったら、ブログ1週間分くらい必要になってしまう。ここでは物語の中心となる兄弟と、ジョルジアという少女のことだけを書こうと思う。

1966年、イタリアのトリノ。兄のニコラは医者を志し、弟のマッテオは文学を学んでる、ともに大学生。兄弟は兄の友達2人とともに、夏休みの北欧旅行を楽しみにしていた。
旅行まで間もない頃、精神病院のボランティアに参加したマッテオは、そこでジョルジアという美しい少女の面倒を見るよう言われる。彼女は目を合わさず、ほとんど言葉を口にしない。
マッテオは彼女を散歩に連れ出し、図書館に立ち寄ったりするが、不意に道路に飛び出したり、その行動には手を焼くばかりだ。
心を通じ合うきっかけも掴めぬまま、マッテオは趣味のカメラで、ジョルジアを撮る。
いきなり顔を撮るのは嫌がられそうだから「君の手を撮るよ」と言いながら。
そして思いつめたような表情のままの、彼女の横顔をアップで撮る。

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マッテオは家に帰り、彼女の写真を現像し、その横顔を引き伸ばして、何かに気づく。
兄のニコラに写真を見てもらう。彼女のこめかみの少し上あたりに、焼けたような黒い斑点がある。
「電気ショックだと思う」
ジョルジアは病院で虐待を受けてるのではないか?
マッテオは深夜に病院に行き、収容されてる部屋を調べて、寝ているジョルジアを起こす。
「ここから出ていくんだよ」

兄弟は北欧旅行を保留にして、ジョルジアを父親の元に返す旅に出る。汽車の座席でマッテオの肩に頭を預けて眠るジョルジアを、ニコラは優しい眼差しで見つめている。マッテオにジェスチャーで
「おまえと彼女はお似合いだよ」と。

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ジョルジアの生まれ故郷に着くと、彼女を知る神父から、父親は引っ越したと告げられる。その場所までは1日かかる。3人は神父の家の納屋を借りて1泊することに。
夜中に目覚めたマッテオは、床に落ちてたジョルジアのノートを拾って、何気なくページをめくる。そこには彼女の心を映すような絵とともに「マッテオ」の文字が。
それ気づいたジョルジアは「あんたは泥棒よ!」と激しくマッテオをなじり、抑えが利かなくなった。
ニコラが何とか彼女をなだめる。


だが父親の住む町を訪ねる道中も、ジョルジアとマッテオの間には強ばった空気が流れた。
ジョルジアの父親は彼女を引き取ることを拒否し、兄弟は途方に暮れる。
マッテオがジョルジアを病院から無断で連れ出したことは「誘拐」にあたる行為だ。兄弟はアドバイスを乞うために、弁護士の姉が住む町を訪ねる。駅に着き、兄のニコラだけで姉に会いに行く。

留守番をするマッテオとジョルジア。
「僕のことを怒ってるんだろ?」ジョルジアは何も答えない。
「じゃあ、手話でいいよ、何か飲むかい?」
ジョルジアは手話で答え、ふたりはホームのカフェへ。

ジョルジアはジュークボックスの前で立ち止まる。
「何か聴きたい曲は?」マッテオが訊ねると、手話で返した。
ファウスト・レアリというカンツォーネ歌手の『誰に』という曲だった。

ジョルジアは曲が流れ始めると、その歌詞とともに、マッテオをじっと見つめた。
人と目も合わせなかった彼女が、強く、強く、気持ちを込めて、マッテオを見つめてた。

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「誰に、微笑めばいい」
「君以外の、誰に」
「もう君は、ここにいない」
「もう何もかも、終わった」
「終ったんだ、僕たちの恋は」

ニコラが戻ってきた。ジョルジアを別の信頼できる施設に移すしかない。マッテオと話しをするために、ジョルジアにアイスクリームを買いに行かせた。
だが売店で挙動不審な彼女に警官が目を止め、ジョルジアは兄弟たちの目の前で補導されて行った。
二人は何も声をかけることができなかった。
ニコラは友達との北欧旅行に向かうことにしたが、マッテオは旅には行かなかった。
マッテオは深く打ちのめされていた。彼は大学も辞め、そのまま軍隊に入った。

その後の兄弟のそれぞれの人生が描かれていくが、あの時の駅の兄弟と同じように、映画を見てるこっちも、ジョルジアにずっと後ろ髪引かれるような思いを残したままになる。


マッテオは軍を退役して警察官となった。パレルモに赴任した時、港のカフェで、写真を撮る女性に声をかける。
「もっと被写体の内面を覗きこむように撮るんだ」
ミレッラという名の女性はマッテオに興味を持った。読書が好きという彼女に「ローマにいい図書館がある」とマッテオは言った。ミレッラはそんなマッテオの顔にカメラを向けた。
映画の中ではもう十年近くの年月が流れ、駅の別れの場面からも上映時間にして1時間は経過してる。

ニコラは精神科の医者となり、当時のイタリアの精神病院の改善に乗り出していた。
問題のある病院があると聞きつけ、内部視察に訪れる。看護士長は「患者を治療の一貫で、今は外出させてる」と話すが、ニコラは嘘を嗅ぎ取り、建物の奥まった部屋に、ベッドに縛りつけられた患者たちを見つける。
そしてさらに扉を開けると、一人の患者が隔離されてる。
「いたああああ!」「ジョルジアあああ!」
これは劇中のニコラのセリフではない。見ている俺が心の中で叫んだ言葉だ。

兄弟から不意に引き離されたジョルジアは、あれから十年間、劣悪な環境に閉じ込められていた。
ニコラは自分が管理する療養施設にジョルジアを引き取り、マッテオに手紙を送った。


マッテオはベッドにじっと腰かけたままのジョルジアの背中側に椅子を持っていき、彼女に話しかけた。だが反応は返ってこない。
「うわの空だな」
「この世のすべてに」
「あの夏のこと憶えてるかい?」
「君の好きだった歌」
「あのとき、君はどんなだった?」
「僕はどんなだったろう?」

そして諦めかけたマッテオに、ジョルジアが口をひらいた。
「マット…」「マッテオ」
「ジョルジア」
ジョルジアは振り向いてマッテオを見つめた。
あの曲を聴いた時のように、あの眼差しで。


マッテオとジョルジアの出会いのきっかけとなったのが、マッテオが彼女を撮った一枚の写真だった。
そしてもう1枚ジョルジアの人生にとって重要な意味を持つ写真が出てくる。それがパレルモで、ミレッラが撮ったマッテオの顔のアップだ。
それがどんなエピソードとして出てくるのか、ここでは書かないが、この2枚の写真が、ジョルジアを外の世界へと導くことになる、その脚本のつながりが感動的なのだ。


ジョルジアだけでなく、この映画は「眼差し」が強く印象を残す。
ニコラが、フィレンツェの大洪水のボランティアに駆けつけた現場で出会い、一緒に暮らすようになるジュリアは、彼との間に娘をもうけながらも、次第に政治運動に傾倒していく。
警察官のマッテオとは反りが合わない。
イタリア国内が揺れた「政治の季節」に、ジュリアは過激派組織「赤い旅団」に加わってしまう。ニコラにもその溝は埋められない。

家族の前から姿を消したジュリアだったが、娘をひと目見たいと、ニコラに懇願する。
ニコラは娘を博物館に連れ出す。背後に気配を感じたが、ニコラは振り向かなかった。ジュリアは金髪を黒く染めていた。小さな娘はふとジュリアの方を振り向く。

二人は目を合わせるが、娘は一瞥しただけで、背を向ける。
この場面の娘の「眼差し」も深くて、怖いものがあった。


俺はこの映画が公開される時に「岩波ホール」と聞いて怖気づいたのだ。
「あのホールの座席で6時間は…」と。
そのまま見る機会を先延ばしにしながら、ここまできた。
今月末開催の「イタリア映画祭」で、この映画の姉妹編と位置づけられてる、やはり6時間の大長編『そこにとどまるもの』を見ることにしたんで、予習の意味も兼ねてDVDを見たんだが、本当に後悔した。
「なんで岩波で見とかなかったかな」と。

この6時間はちっとも苦ではない。見終った時には登場人物の表情が焼きついてる。
兄のニコラ、彼は誠実な人間だ。精神科医として、患者に対して深い共感を持って接してる。だがニコラは自分の一番身近な人間に寄り添うことができなかった。マッテオとジュリア。
もう少しどうにかできてたのかも。だがどうにもならなかったかもしれない。
人間は全能ではない。だが自分の力が及ばないことがあるにせよ、自分はできることするしかない。
そのニコラの人としての「真っ当さ」がこの6時間を支えてるのだ。

俺はどっちかというと、真っ当に生きられない人間を描いたような映画の方に、惹かれがちなんだが、真っ当じゃない人生を6時間も見るのはさすがにしんどい。「太く短く」じゃないが、せいぜい2時間くらいで語り切ってもらうのがいい。

ニコラを演じるルイジ・ロ・カーショは、もちろん男だが、その黒い瞳が非常にきれいなのだ。主人公の人間性が映し出されてるようだ。

弟のマッテオを演じるアレッシオ・ボーニは、その複雑な内面を表すように、軍隊に入って髪を刈り込んでから印象がガラリと変わる。若い頃のスコット・グレンと、ジョナサン・リース=マイヤーズの面影が入ってる感じのルックスで、長身だし画面映えがする役者だ。
近年のイタリア映画をあまり見てない俺には、この二人も初めて見る顔だったが、若いいい役者が出てきてるんだなと感じる。

あとはともかくジョルジアに心を掴まれてしまった。
ジャスミン・トリンカという女優で、モレッティの『息子の部屋』に出てたというが、印象に残ってなかった。たぶん彼女を見るためにも、あと何回か見るだろう。
一気に見るんじゃなく、区切り区切りででも、見直したくなる映画だ。

2012年4月24日

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