イタリア映画祭2012『ジャンニと彼をめぐる女たち』 [イタリア映画祭2012]

『ジャンニと彼をめぐる女たち』

ジャンニと.jpg

今年初めて足を運ぶこととなった「イタリア映画祭」なんだが、まず「公式カタログ」の中身が充実してるね。
1500円だけど、出品作品の詳細の他、映画を通して浮き上がるイタリアの現状とか、イタリアという国や国民性に関するコメント、何人かの監督へのロングインタビューなど、読み応えがある。
東京国際映画祭や、東京フィルメックスの公式カタログも同じ位の値段だったと思うが、それより中身が濃い。
「フランス映画祭」などは、昨年はついに公式カタログすら作られなくなってしまった。映画祭には公式カタログは絶対必要と思うんだがな。まあホームページで事足りるという、フランス的合理主義かもしらんが。


この『ジャンニと彼をめぐる女たち』で、監督・脚本・主演の3役をこなしているジャンニ・ディ・グレゴリオのインタビューも、大きな顔写真とともに、公式カタログに掲載されてるが、この人、面白い顔してるよねえ。
面長で楕円形の、生き物でいうと「ショウリョウバッタ」のような。

映画の中で眺めてると、「無責任男」を引退した後の植木等を思わせる表情をしてる。植木等はC調なキャラが売りだったが、佇まいには品があった。ジャンニにも同じように品がある。
伊達男な感じもあって、そこは池部良が入ってるかな。
例えが古いんだが、なにかそういう古風な良さがあるんだよ。

ジャンニディグレゴリオ.jpg

2008年の『8月のランチ』はその年の東京国際映画祭のコンペ作として出品されてるが、俺は見てない。この映画はその前作のスタイルを引き継いだもので、主人公の名前も監督自身のものだ。
「私小説」的な色合いもある所は、ウディ・アレンを連想させるが、むしろ映画の作り自体はちがうものの、そのとぼけたユーモアは、ジャック・タチを思わせもする。
イタリアの「ユロ氏」か。
だがタチの場合はキャラも何か超然とした風情があるのに対し、このジャンニはもっと人間臭い。


映画の主人公ジャンニはローマに住む60才。50代の内から早々とリタイアして、年金生活を送っている。
気楽そうに見えるんだが、実際はいろいろと忙しい。まだ仕事を続けてる妻を起して、朝食を作り、同居してる娘の彼氏も家に転がり込んできてる。
黒い小型犬でジャンニ自身も犬種をしらない飼い犬を、朝の散歩に連れ出すついでに、ジャンニのことを「恋人」と呼ぶ、下の階の若い独身女性の大型犬を一緒に連れてく。

なにかと手がかかるのは、95才となった今でも、豪勢な庭に囲まれた自宅に暮らす母親だ。
母親はクリスティーナという、若くて美しいヘルパーを雇っていて、彼女には気前良く給料を払ってる。

ブランド物の服なんかも買い与えてるようで、
「あんな優しい方はいませんわ」とクリスティーナはジャンニに話す。
だがその金は母親の財布から出てるわけじゃなく、ジャンニの年金の貯えから出てるのだ。

急用だと駆けつけると、テレビの映りが悪いというだけだったり、隣近所のお友達を誘ってポーカーに興じ、ジャンニに昼食を作りにきてほしいなど、小間使い状態だ。
「この家を売ればもっと優雅に暮らせるんだよ」と、母親を説得し、友人の弁護士アルフォンソに頼んで、彼を母親の不動産管財人に立てるが、いざ手続きに臨むと、母親はすっとぼけて、話はご破算に。
「あの母親は一枚上手だよ」とアルフォンソ。
それより母親を家まで送った時に見かけたクリスティーナに、アルフォンソは目を奪われる。
「お前、あんな美人いつ雇ってたんだよ」
デートに誘ってみろくらいの勢いで言われる。


そうなのだ。リタイア後の気楽な毎日は、それは望んだ通りではあるんだが、犬の散歩に出れば、すれちがう美人を振り返ってしまうし、自分はまだ60なのだ。
軽くショックだったのは、近所のいつもジャージの上下でいる、どう見ても風采あがらない男が、実はタバコ屋の女店主と不倫してると目撃してしまったことだ。娘の彼氏でジャンニが「ミキ」と呼んでるミケランジェロも、その事実を知っていた。
ジャンニは家族を愛してるが、妻とはとっくにセックスレスだ(多分)。

アルフォンソは、クライアントで双子のゴージャスな姉妹との昼食の席にジャンニを呼んだ。
さんざジャンニを持ち上げて、デートの約束を取り付けさせようと図るが、彼女たちは笑顔で高いランチをゴチになって、去って行った。

ジャンニは悟るしかなかった。まだ枯れるには早いと、一時は慣れない筋トレやプールに通って体形を整える努力をし、仕立てのいいスーツを着て女性たちの前に立ってみたりしたが、60才の年齢は隠しようもない。
若い女の子とのアバンチュールなど非現実的に思えた。
ならばと昔の恋人と再会したりもするが、家に行ってみると、彼女には年下の彼氏がいるようだった。


ジャンニは犬の散歩で毎日見かける光景を思った。
おぼつかない足取りで犬を連れてる老紳士。
なぜか道で立ち止まって、木々の木漏れ日を仰ぎ見る年輩の男。
いつも同じ面子でバールの表のテーブルで、サッカーの話に興じてるオヤジたち。

それらは自分とは無縁の人間と思ってた。
だが今は、その老紳士とベンチで語らい、木漏れ日を仰ぎ見て、バールのテーブルの末席に座ってる。
あくせく働く人生を早めに切り上げ、リタイア後を満喫するつもりだったジャンニに、人より早く、老いへの不安がまとわりつき始めていた。


後半はちょっとビターな展開になってもくるんだが、俺はこういうリタイア後って、男の理想のひとつにも思えたんだよね。
周りの女性たちのために奉仕するように見えるけど、これから老いに向かっていくという時期に、女性たちに囲まれてるような環境に身をおけるのは、恵まれてるといえるし、甲斐性も必要だしね。
この先自分に何かあった時には、きっと逆に、甲斐甲斐しく面倒を見てもらえるだろう。

ジャンニの身の御し方というのは、例えば向田邦子のドラマにおける小林薫や、谷崎の『細雪』の、市川崑監督版における、石坂浩二のポジションを思わせる。

こういう自分の年齢を感じ始めた男の「回春」のドラマというと、イタリア映画にはよく見られるし、直球でスケベな描写が入ったりするもんだが、この映画はそういう生臭いエロには手を触れないで、洒脱さを失わない所がいい。女性にも見やすい仕上がりになってると思う。
ジャンニ・ディ・グレゴリオの人柄によるものなんだろうな。

2012年5月3日

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