イタリア映画祭2012『バッグにはクリプトナイト』 [イタリア映画祭2012]

『バッグにはクリプトナイト』

バックにはクリプトナイト.jpg

1973年という時代のナポリを背景にした、ある大家族の姿を、ペッピーノという9才の内気な少年を軸にして描いた、ちょっとコミカルなドラマという見かけだが、ある暗示を含んでもいるんじゃないかと、見ながら思った。


ペッピーノは見事なほどのカーリーヘアで、近視なので、クラスでも唯一の眼鏡男子。見てくれが女の子っぽいので、クラスの男子からはイジメにあう。体育でサッカーをやる時にも、
「お前はゴールをやれ」
「えっ、キーパーってこと?」
「ちがう、ゴールポストの役だ」
直立不動で立たされ、わざと狙ってボールを蹴られて、眼鏡を壊される。
そんなだから、学校をひけても、遊ぶ友達もいない。

ペッピーノには従兄のジェンナーロがいた。彼は自分のことを「スーパーマン」だと信じていて、いつもそんな衣装を着てる。スーパーマンの唯一の弱点とされる、故郷クリプトン星の鉱石「クリプトンナイト」を恐れていて、自分に近づく者には、カバンの中身をチェックする。
家族からすれば「残念な子」なのだが、ペッピーノは従兄が好きだった。

だがそのジェンナーロは車に轢かれて死に、その悲劇もさめぬ内に、父親の浮気を、母親のロザリアが目撃してしまう。明るく優しかったペッピーノの母親は、以来ふさぎこんでしまい、賑やかだった大家族の暮らしは翳り始める。


ペッピーノは物語の狂言回しの役も担ってるんだが、注目すべきは、この9才の男の子が、ほとんど「家族」や「家族に縁のある」女性と行動を共にしてるという点だ。

まず母親は、夫の浮気を知ったショックを癒すため、当時はまだ珍しかったであろう、精神分析医のカウンセリングに通うようになる。そこで自分の少女時代の話をするうち、バカンスで訪れた海をもう一度見たいと思い、ペッピーノを連れて行く。
ロザリアは内気な息子のペッピーノを、とても愛してる。風呂にも一緒に入ってる。

同じ家に同居するロザリアの弟と妹、ペッピーノにとっては叔父と叔母だが、彼らはまだ20そこそこで、ロンドンで暮らしたいと思ってる。
当時のヒッピーやサイケ文化に完全にかぶれてて、やはりペッピーノを連れ出して、クラブに繰り出す。
当時は「ウーマンリヴ」が高まりを見せてた頃で、ペッピーノは叔母のティティーナに手を引かれ「女性限定」の集まりの部屋へ。叔母も含めて女の子たちはみんな裸になって、キスをしたり、自分のアソコを鏡に映してみたりと、ペッピーノにはいささか刺激が強かった。
ティティーナには「ママに言っちゃダメよ」と釘を刺された。


別の日には、母親の仕事場の同僚で、独身の女性アッスンタと共に、ペッピーノは海岸にいた。
アッスンタは結婚相手を探そうと、海岸に「逆ナン」に来てたのだ。
家が貧しくて、自分の稼ぎで流行りの服を買う余裕がないアッスンタは、
「水着なら新しいも古いも関係ないわよね」
と、わざわざ海岸で水着になって、男の視線を待ってるのだ。
ペッピーノを連れて行ったおかげかどうか、彼女は逆ナンした男性と気があった。地元の海岸近くの住人だった。

だがつきあいを始めても、アッスンタはその男性に家を教えなかった。
彼女は古びたアパートに両親と同居していて、男性の突然の訪問に気が動転した。
応対した母親は、男性から「住む町は聞いてたから、同じ苗字の家を一軒一軒訪ね歩いた」と聞いた。
彼女は玄関に行き、「人違いですから!」とドアを閉めてしまう。
彼女の態度を察した男性は、階段に座ってメモになにか書き、ドアの隙間から差し入れた。

「君が海岸によく来てるのは知っていた。君のことが気になってたからだ。」
「お金がなさそうなこともね。多分バス代を使わず、歩いて来てたんだろう。唇がかさかさに乾いてたから」
「だからいまさら君の住まいを見て驚くようなこともない」
「僕は君を愛してるから、ずっとこの階段に座ってるよ」
と書かれていた。


母親ロザリアはカウンセリングを何度か受ける内に、「自分のしたいと思うことをまずしてみることです」などとアドバイスされ、少しづつ心が軽くなっていく。
それとともに、妻子ある若い精神分析医に、ちょっと心が動いてもいた。「浮気されたんだから自分も」という気持ちもあっただろう。
何度目かの受診の帰り際、ついに二人は口づけを交わしてしまう。

この家にはペッピーノの祖父と祖母も同居していて、祖母は診察から帰った娘の表情が妙に晴れ晴れしてるのに気づく。
「診断が効いてるんだわ」と答えるロザリアに、なにか感じとったのか、祖母は持ってた皿を床に叩き付けた。
同じ家に暮らしてるんだし、口にしなくても、娘が急にふさぎ込んだ原因は、夫婦の間にあるとわかってる。おおかた亭主の浮気であろうことも。
だから「お前が同じことをして、なんになるんだい!」という気持ちが込められてる。
娘夫婦のことに口は挟まないが、ちゃんと話しあえと祖母は言いたいのだ。


そんな悲喜こもごもを近くで見つめる9才のペッピーノには、事故死した従兄のジェンナーロが度々現われるようになる。そしていろんなアドバイスをしてくのだ。

ペッピーノは叔父のサルヴァトーレから不思議な話を聞いていた。事故死する前の晩、ジェンナーロが叔父の部屋に来て、服を脱いで裸になったという。叔父にも同じようにしてくれと。
叔父は最初ジェンナーロはゲイなのかと思い、部屋を追い出したが、後になり
「あれは、自分が人と同じだということを確認したかったんじゃないか?」と思ったと。

ある晩、ペッピーノの前に現われたジェンナーロは、生前にも増して衣装がスーパーマンぽくなってた。胸の「S」の字がないだけだ。
ジェンナーロは「背中に乗れ」というと、ペッピーノを乗せて夜空を滑空した。

ナポリの町の灯がまばゆい。ジェンナーロはナポリの海岸が一望できる、軍の基地の屋上に降り立った。
「宿舎の若い兵隊たちの裸が見えてドキドキしちゃうよ」なんて言ってる。
ジェンナーロはペッピーノに、
「お前は人とはちがう、特別な存在だ」
「えっ、僕もスーパーマンになれるってこと?」
「そういう意味じゃない。人とちがうってことを恐れるなってことだ」


ジェンナーロは叔父が最初に感じたように、自分がゲイであることを自覚してたのかもしれない。
ナポリの夜空の飛行の後にもそんなこと匂わせてるし。
ペッピーノが人とちがうと、彼が感じてるのは、ペッピーノがやがてゲイとして生きていくことを予言というか暗示してるんではないか。

ペッピーノは常に年上の女性たちとともにいる。女性たちの感性の中で育ってるともいえる。
劇中に母親が、ペッピーノの眼鏡を外して「こんなにハンサムなのに」と言うが、たしかに顔立ちはイケメンで、男子からイジメに遭ってるにしても、女子にはモテそうなんだが。

この年頃の子供を主人公にすれば、女の子との、ほんのり初恋めいたエピソードが挟まれてもよさそうなのに、全くない。ペッピーノが女の子に興味を示してないからだ。

なので死後にペッピーノの前に現われるジェンナーロは、ペッピーノ自身の「内なる声」なのかも。
スーパーマンの弱点「クリプトンナイト」は、故郷の鉱石。つまり家族だけで過ごすことは、ペッピーノには居心地がいいだろうが、そのことが彼の弱点にもなってる。

外の世界に友達もできず、興味を持たないままでは、大人になって家を離れることもできないだろう。
「人とちがう」ことへの迫害を恐れて、閉じこもっていてはいけないのではないか?
ペッピーノが少年ながらに、無意識に感じてるその思いが、ジェンナーロという形になって現われるのだと俺は解釈した。


監督・脚本のイヴァン・コトロネオにとって、この物語は自作の小説の映画化で、自伝的要素も含んでそうだ。
この人は『あしたのパスタはアルデンテ』のフェルザン・オズベテク監督と組んでの仕事で有名だそうだが、オズベテク監督は自らゲイであることを表明してる。
イヴァン・コトロネオ本人がどうかは知らないが、70年代前半という時代は、まだ性的マイノリティに対して、冷たい視線が注がれる時代だったろうし、その暗喩を登場人物に込めているのだと感じた。

映画の最初の方で、ペッピーノの叔父と叔母が、部屋の中でイギー・ポップの『ラスト・フォー・ライフ』にピタリと振りを合わせて踊るの場面。
ジェンナーロがペッピーノと、デヴィッド・ボウイの『ライフ・オン・マーズ』に乗せて、夜のナポリを滑空する場面。
このアーティストの選び方も、見る人によってはピンとくるはず。

母親を演じるヴァレリア・ゴリーノは、俺は久々に見たんだが、この映画の撮影時は45才。
『レイン・マン』とか、彼女の出てる映画がよく日本に入ってきてた時期はまだ20代前半だったが、印象が変わってないね。すごいアップで撮ると、目のまわりに小皺は目立つが、可愛らしさが残ってるし、体形も「お母さん」て感じでもない。
『あしたのパスタはアルデンテ』に主演したリッカルド・スカマルチョと私生活でパートナーだというが、13才の年の差も、彼女なら違和感ないよ。

2012年5月5日

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コメント 1

figlia del sole

はじめまして! 今度イタリア文化会館のイタリア映画鑑賞会でこの映画を観るので あらすじを知ることができてよかったです (イタリア語字幕なのです)

by figlia del sole (2013-07-22 19:51) 

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