銃声の鳴らないナチス占領下の悲劇 [映画ア行]

『ある秘密』

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渋谷の「イメージフォーラム」で特集上映されてた、「フランス映画未公開傑作選」3作品の内の、クロード・ミレール監督による2007年作。
他の2作はまだ見てないが、この映画に関しては「傑作」の名に恥じないと思う。
尚この特集上映は、6月2日(土)から6月15日(金)まで、横浜・黄金町の「シネマ・ジャック」でも開催される。


1950年代のフランス。7才の少年フランソワが物語の中心にいる。
映画はそこから1980年代の、すでに妻子を持つフランソワの「現在」と、彼の両親にまつわる秘密が語られる、第2次大戦下の時代を行きつ戻りつ描かれていく。

非常に緻密に脚本が作られており、伏線となる要素も多いので、できれば2度見た方が深く味わえると思う。俺はそうした。
同じ映画を2度見るのは面倒という向きは、最初の方の登場人物の細かい表情や、感情のニュアンスに集中しておくといい。映画を見終わって思い返した時、合点がいくからだ。


7才のフランソワは、元体操選手の父親マキシムと、水泳の「飛び込み」の優勝経験を持つ母親タニアとの間に生まれたが、出産時は未熟児で、父親マキシムは落胆を露わにした。
身体は丈夫にはならず、父親は優しい眼差しを向けることはなかった。フランソワの懐妊に「うっかりした」とまで言うのだった。
母親タニアは優しかったが、フランソワが屋根裏で古いクマのぬいぐるみを見つけると、表情が険しくなった。

フランソワはそんな両親への負い目から、いつしか「空想の兄」の存在を見るようになっていた。
兄は運動神経が抜群だった。
食事のテーブルには、自分の隣に兄の分を用意し、父親からは激しく叱責された。
「家族は3人しかいないんだ!」

家に居所がないフランソワは、向かいのルイズの店で時間を過ごした。ルイズは両親と同じくらいの年齢で、マッサージ店を経営する独身女性。
「ひとりで寂しくないの?」
「じゃあフランソワ、結婚してくれる?」
「僕、面食いなんだ」
ルイズはフランソワを我が子のように愛情持って接した。


14才になったフランソワは学校で、ナチスの強制収容所に、ユダヤ人たちの死体の山が築かれる記録フィルムを見せられる。隣りで見てた同級生は「ユダヤの豚野郎どもだ」などと、フランソワに耳打ちする。
フランソワは激昂して、殴りかかった。彼は自分がユダヤ人であることを学校では明らかにしてなかった。
両親からそんなことをする必要はないと言われてたからだ。

フランソワは両親には喧嘩の理由を言わなかったが、父親マキシムが時折ぬいぐるみを手にしては物思いに耽るのを見て、両親の過去には何かあると気づき始めた。
フランソワはそれを隣人ルイズから聞きだそうとした。ルイズは重い口を開いた。


ナチスドイツの勢力が東ヨーロッパに迫ろうという時代。父親マキシムと、母親タニアは出会った。
だがその時は互いに別の伴侶がいたのだ。
マキシムは同じユダヤ人のアンナと結婚し、その披露宴に現れたのが、アンナの兄と、その妻のタニアだった。
マキシムは新妻が傍にいるにも係わらず、タニアに視線を投げかけた。彼女が同じアスリートであることも、関心をいやました。

ナチスは極端な民族主義を敷いていて、ユダヤ人は迫害されると噂は流れていたが、マキシムは気に留めなかった。ヒトラーはスポーツで民族意識を鼓舞しようとしてたので、人種に寄らず、スポーツ選手は尊ばれると思いこんでいた。
自分はユダヤ人である前に、フランス人であり、スポーツ選手なのだと。

マキシムとアンナの間にはほどなく男の子が誕生した。シモンと名づけられ、運動神経は父親譲りで、周りの誰からも愛された。
タニアの夫は戦地へ赴き、帰還のめどは立たず、タニアはたびたびマキシム夫婦のもとに現れた。
マキシムとタニアがさりげなく交わす視線に、アンナも気づいた。マキシムの妹エステルも、タニアの無神経さに苛立っていた。

だがルイズはタニアに悪い感情は持てなかった。彼女は金髪でスタイルもよく、男の視線を釘付けにするのも無理ないと思ってたからだ。
アスリートらしく、物の考え方もはっきりしてた。


ナチスの影はヨーロッパ全体を覆うようになり、フランスに暮らすユダヤ人にも、胸に「ダビデの星」を縫い付けることが義務づけられた。アンナがシモンの服の胸に縫い付けるのを見て、マキシムは
「俺の息子にこんな物はつけさせない」と怒った。
やがて一家は迫害を逃れて田舎へと移ることになる。
マキシムが疎開先の様子を探るため、ひと足先に出発し、すぐ後でタニアも合流した。
ふたりはすでに互いの気持ちは察し合っていた。


アンナと息子のシモン、それにルイズとエステルも、ユダヤ人以外の、偽造した身分証を持って、疎開先へと向かった。
だがマキシムたちが待つ疎開先の村に着いたのは、ルイズとエステルだけだった。
ルイズは事の次第をマキシムに告げた。

途中でアンナと息子のシモンだけが、憲兵に捕らわれたのだ。
ユダヤ人は収容所に送られるだろう。マキシムはそれから口を開かなくなった。


ルイズはマキシムに、なぜそんな事態になったのか、その真実は告げてなかった。それはあまりに残酷だったからだ。
だが14才のフランソワにはすべてを話した。
フランソワは、父親が自分に向ける視線の意味を理解できたような気がした。

成人し、妻子を持ったフランソワは、カウンセラーとして働いていた。心の病気を抱えた子供たちに、寄り添うような毎日を送っている。

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ユダヤ人がナチスによって迫害を受ける時代を背景にしながら、ここには血や暴力は表立って描かれない。
フランソワの父親マキシムの人物像が興味深く描かれてる。
彼は迫害される存在であるユダヤ人ではなく、むしろナチスに同化しようという考え方のユダヤ人だった。
体操選手として有能であった彼は、「ベルリン・オリンピック」の記録映像などを見て、アスリートはナチスに敬意を払われると思っていた。

マキシムがタニアにひと目惚れしたのは、彼女が同じアスリートであるということと、彼女の見た目が「ユダヤ的」ではなく、その金髪や水泳による、広い肩幅が「ゲルマン」の女性を思わせたからかも知れない。

ゲルマン的美女に惹かれたことが、妻のアンナとなにより溺愛した息子のシモンを失う原因を作ったにも係わらず、その後タニアと再婚し、待望の男の子を授かるも、未熟児であることが許せなかった。
自分の考え方が招いた悲劇から学ぶこともできず、自分の息子が未熟(劣った存在)だということに失望する。
つまりは、マキシムはユダヤ人でありながら、その思想まで、ナチスの「優性思想」に染まったような人物になってしまったというわけだ。


ひ弱な少年を主人公にした映画は、いい映画になる。
『スタンド・バイ・ミー』がいい例だ。あれはリヴァー・フェニックスが主役のようなイメージ持たれてるが、話の中心にいるのは、ウィル・ウィートン演じるひ弱な少年だ。

彼がこの『ある秘密』のフランソワと奇しくも似てるのは、同じように「長男」が先に死んでおり、父親から「お前が代わりに死ねばよかった」と言われるような夢を見るくらいに、スポイルされてるという設定だった所だ。

成人したフランソワをマチュー・アマルニックが演じてるんだが、7才のフランソワ、14才のフランソワ、それぞれの少年の面影がつながっていて、自然にマチュー・アマルニックになる、このキャスティングは見事なもんだった。

あとは女優に見応えがあって、タニアを演じるセシル・ドゥ・フランスの、金髪と小麦色の肌の美しさと、セパレーツの水着のボディライン。美貌からくる自信を漲らせた女性像が眩しい。

アンナを演じたリュドヴィーヌ・サニエは、あの鮮烈だった『スイミング・プール』から3年後の映画となるが、夫への不信から情緒不安定になってく若い母親を、細かいひび割れが「ピキピキ」と音を立てて広がってくように演じている。


俺が一番印象に焼きついたのは、隣人ルイズを演じるジュリー・ドゥパルデューの表情演技だ。
非常に立ち位置の難しい役どころだと思うのだ。
ルイズはフランソワの一家の人間ではない。隣人として長くつきあってる。
だがもう家族同然に受け入れられてもいる。彼女は自分の人生よりも、マキシム夫婦たちの人生の方にコミットしてるようだ。

彼女がフランソワを愛するのも、フランソワの空想上ではなく、実際の長男だったシモンの一件があったからでもあり、父親マキシムの気持ちも、フランソワの気持ちも両方わかるからでもある。

だがもうひとつ彼女は表には出さないが、タニアの事が秘かに好きなのかも知れない。
ルイズは、フランソワの後から店にやってきた母親タニアにもマッサージする場面があるが、その手つきはとても愛おし気だった。
普通ならアンナとシモンの真相を知ってるわけだし、その要因にもなったタニアと、彼女がマキシムの間にもうけたフランソワには複雑な感情が沸いてもいい筈だ。
まあこれはなんでも「ビアン設定」に持っていきたがる俺の推測に過ぎないんだが。

マキシム夫婦たちに寄り添うような人生を送る、ルイズという女性の内面を、なにか含みを持たせたような表情で演じるジュリー・ドゥパルデューに、言いようのない「せつなさ」を感じてしまったのだ。

クロード・ミレール監督作は、シャルロット・ゲンズブールの少女時代の2作以来、ほんと久々に見たのだが、簡潔だし、でも艶かしい肌合いもあるし、音楽も含め過剰な部分もなく、それでもまったく飽きさせない。
成人したフランソワが、アンナとシモンの結末をつきとめるエピローグの、静かに込み上げてくるような余韻に至るまで、熟練の技とはこのことだ。

2012年6月1日

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