韓国の法廷劇2作②『依頼人』 [映画ア行]

『依頼人』

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映画撮影現場で、特殊メイクの職人としてして働くハンは、その夜、妻に贈る「結婚記念日」の花束を助手席に置き、マンションに戻った。
入り口付近には複数のパトカーと人だかりができ、騒然としている。
ハンは住人たちの視線を感じながら、エレベータで自宅のある階へ。
警察官が出入りしてるのは自分の部屋だ。妻に何かあったのか?

現場検証に気をとられる警官たちは、ハンが戻ったことに気づかない。
そのまま寝室を覗くと、ベッドには血だまりができ、床にまで流れ落ちていた。
だが妻の姿はない。
ハンに気づいた警官は、その場で容疑者として、ハンに手錠をかけた。
だが死体はなく、寝室内にハンの指紋もない。状況証拠だけで逮捕されたのだ。


裁判ブローカーのチャンは、この事件をフリーの若手弁護士カンに持ち込んだ。
抜群の勝訴率を誇るカン弁護士は、はじめは気乗りがせず、固辞する。
だがブローカーのチャンが、裁判に勝った場合の取り分を譲歩してくる熱の入れように、しぶしぶ弁護を引き受ける。
だが事件を調べ始めると、検察及び警察の動きが不自然に早いことを感じ、これはただの殺人事件ではないという確信を抱く。

殺害現場を訪れると、警察がほとんどさらって行った後だった。照明器具の電灯まで持ち去られてる。
管理人に尋ねると、防犯カメラの記録も押収済みだと言う。
犯行現場に物的証拠はひとつもなかった。

裁判が始まると、カン弁護士は、担当検事が、司法研修所時代の同期のアン検事であることを知る。
二人の間にはライバル意識のようなものが漂っていた。
アン検事は決定的な証拠になるはずの、防犯ビデオの映像を、証拠として提出してこない。

証拠となるから押収したのではなく、ハンが犯人ではないとわかってしまうから押収した。
つまり防犯ビデオに、ハンが妻の遺体を運び出す映像は映ってないのでは?

アン検事は証人として医師を呼び、医師は
「犯行現場に流された血の量から、致死量を上回ってるのは明らか」
と証言するが、肝心の死体は見つかってない。

犯行現場にハンの指紋が一切残されてなかったのは、ハン自身の指に指紋がなかったからだった。
検察側は、削り取ったものと考え、犯行の隠蔽の根拠にしていた。
だが検察側の立証には無理を感じるカン弁護士は、これは切り崩す余地があると、チャンには容疑者の事件当夜のアリバイが成立するか、その立証に当たらせた。


事件当夜、ハンは自宅から遠く離れた撮影現場から、車で移動してる。
血の凝固具合から導き出された犯行時間近くに、ハンの帰宅ルートの中で、目撃者は見つかるのか?
チャンは鍵を握る人物を探し当てた。
山間部のダムのそばにある食堂の店主だった。
耳のきこえない息子が、自転車で車と接触事故を起こしてた。特徴からハンの車らしかった。

一方、アン検事は有力な証人を用意していた。それは職を辞した元刑事だった。
数年前に起きた女子高生の惨殺事件。
実はハンはその時も、容疑者として一時は拘束されながら、証拠不十分で釈放されてたのだ。
その元刑事はハンが犯人だと確信してたため、無罪放免の処置にショックを受け、辞職した。

その後も個人的にハンを追い続けてきたという。
だが今回の事件に関して、ハンの関与を覗わせる証拠は掴めなかったと、悔しさを滲ませた。


別の事件の容疑者に挙げられたことがあるという事実は、陪審員の心証を左右するに十分と思われた。
カン弁護士は、元刑事が証人に呼ばれた背景を探るうちに、女子高生惨殺事件の裁判を担当したのが、当のアン検事だったことを知る。
アン検事は完全にハンを今回の「死体なき殺人事件」の犯人に見立ててるのだ。

となればあの防犯ビデオは、弁護側の決定的な証拠になりうる。
弁護士事務所のスタッフとチャンは、カン弁護士に釘を刺されてたにも関わらず、防犯ビデオを手に入れる算段を整えた。
地元警察の刑事を丸めこんで、証拠保管室からディスクを持ち出したのだ。

だが映像を映してみると、それは防犯ビデオの画像ではなく、動物が映っていた。
アン検事は、弁護士側が防犯ビデオを盗み出すと読んで、罠を仕掛けてたのだ。

裁判は弁護側に不利に傾いていった。
有力な証人である食堂の店主も、証言台で、弁護側から金品の受け渡しをされたと、つい口をすべらして、証言そのものが認められなくなった。


すべてが検察のシナリオ通りに進む中、迎えた最終弁論。
カン弁護士は芝居がかった勝負に出た。
ハンを証言台に立たせ、弁護するはずが、逆に追い込んでいくような質問を投げかけた。

それまで裁判を通して、ほぼ無表情だったハンは、カン弁護士の
「殺したのはあなただろう?」という強い口調に、自分がやったと口にする。

涙ながらに、弁護士にすら信じてもらえない辛さを嘆き、
「本当に自分が殺ったのかもしれない」
「そう思いこむようになってしまった」と。
自分の指に指紋がないのは、特殊メイクの仕事で使う溶剤に、手を浸し続けてたからだと。

ハンの憔悴しきった表情と、その捨てばちとも取れる告白は、逆に陪審員に
「無実かもしれない」と思わせる迫真に満ちていた。
そしてカン弁護士は思いがけない証人の名を口にする。

「今から私が3つ数えると、この法廷のドアを開けて、ハンさんの奥さんが現れます」


『トガニ 幼き瞳の告発』の法廷場面で明らかにされる事件の衝撃的内容に、法廷劇として軍配を上げるいう向きもあるだろうが、そういう見方で、この『依頼人』がスポイルされてしまうのは、惜しいと思うし、目指してる方向性も違う。

こちらの場合は弁護側、検察側の法廷における一進一退の攻防に主眼を置いたリーガル・サスペンスを志向してるのだ。

ただこの展開の前提となるのは、韓国警察の初動捜査があまりにずさんであると仮定してのことだ。
謎解きの部分では、いくらなんでもそんな方法では、現場検証で痕跡が残るはずだし、証拠はおろか、死体すらないのでは、逮捕そのものが成立しないんじゃないか?
俺はまったく司法手続きとかには明るくないから、専門家が見れば、もっとあり得ない点が出てくるんだろうな。


でも俺は映画のテイストとして気に入ったのだ。
『トガニ 幼き瞳の告発』とは対照的と思えるくらいに、過剰な演出が控えられ、少しづつ事件の核心に近づいていく、その緊張感を保って描かれている。

『チェイサー』『哀しき獣』と役柄は違えど、逃げまくりっぷりが強烈な印象を残したハ・ジョンウが、やり手弁護士として、スーツもバリっと決めてる。
振る舞いも堂々としてるし、見事なホワイトカラーに変貌してるが、なぜか髪もなでつけて、小ざっぱりした顔になると、大鶴義丹に見えてしまうという。

ライバルのアン検事を演じるパク・ヒスンも、なんか悔い改めた遠藤憲一みたいだし。
チャン・ヒョクは、同じ法廷劇で、森田芳光監督の『39 刑法三十九条』の被告を演じてた堤真一を思わせる。

その3人が中心ではあるが、映画のポイントゲッターは、ブローカーのチャンを演じたソン・ドンイルだろう。
今年の春に公開され、このブログでコメント入れた『カエル少年失踪殺人事件』で刑事を演じてた。
この『依頼人』では、ちょっといかがわしい稼業ながら、裁判が始まると、弁護士をサポートして動き回る。いかにも海千山千の雰囲気が面白く、カン弁護士とは「ホームズとワトソン」のような関係性に見えたりもする。

2012年8月10日

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