ジェシカ・チャスティンの足技 [映画ハ行]

『ペイド・バック』

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ナチスの残党狩りというテーマは、過去何度か映画に取り上げられている。
本数もかなりあるとは思うが、まず終戦間もない1946年に、早くもオーソン・ウェルズが監督し、自らアメリカの田舎町に潜伏するナチス残党を演じた『ストレンジャー』が作られてる。
あとは俺的にリアルタイムということで思いつくんだが、1970年代の映画が目立つ。

1974年の『オデッサ・ファイル』はフレデリック・フォーサイス原作の映画化。
1963年ケネディ暗殺の報が流れる西ドイツ、ハンブルグのルポライターが、偶然から元ナチSS隊員が結束する組織「オデッサ」の存在を知り、追求していく。

1976年の『マラソン・マン』は、メンゲレ博士がモデルと思われる、ユダヤ人強制収容所で「白い天使」と呼ばれ、恐れられたナチス残党の老人が、ニューヨークに現れる。
その白い天使を演じるオリヴィエが、ダスティン・ホフマンの歯を痛めつける拷問シーンは、二度と見たくない怖さ。

1978年には、そのローレンス・オリヴィエが、今度はナチスハンターを演じた
『ブラジルから来た少年』

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ヒトラーのクローン少年を生み出し、第三帝国の再興を目論むメンゲレ博士を、グレゴリー・ペックが演じる意外性が話題になった。
この映画はキャストや物語のスケールにも関わらず、日本では劇場未公開に終わり、後にビデオ・LD・DVDとあらゆるパッケージ・メディアでリリースされた。
たしかテレビの「ゴールデン洋画劇場」で放映されたバージョンは、幻のラストシーンが加えられてた記憶がある。

ヨーゼフ・メンゲレはナチス残党の中でも大物中の大物と目され、モサドはじめ、ユダヤ人組織が血眼で追いかけた。南米に逃れてたと言われるメンゲレと、父親がナチスの非道な大物と知り、苦悩する息子の関わりを描いたのが、2003年の『マイ・ファーザー』だ。
メンゲレを演じたチャールトン・ヘストンの、最後の日本公開作となった。

この『ペイド・バック』で、モサドの3人が身柄を拘束する、ドイツの産婦人科医ディーター・フォーゲルは、「収容所の外科医」と呼ばれていたという設定から、ヨーゼフ・メンゲレをモデルにしてるのだろう。

イスラエル諜報機関「モサド」によるナチス残党狩りを描いたものには
1979年の日本未公開作『ナチ・ハンター/アイヒマンを追え』がある。

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ここではメンゲレに匹敵する大物で、強制収容所でのユダヤ人絶滅計画の指揮を執った、ナチス親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンを、1960年に潜伏先のアルゼンチンで、モサドが拘束する経緯が描かれた。アイヒマンは1962年5月に、イスラエルで絞首刑に処せられてる。
追跡するモサドのリーダーを演じてたのは、イスラエルの名優トポルだった。



『ペイド・バック』は、イスラエル映画のハリウッド版リメイクとなる2011年作。

映画は1997年のテルアビブに始まる。レイチェル・シンガーは元モサドの諜報員で、ある任務に成功したことで、イスラエル国内では、賞賛の対象となってた。
作家である娘サラが、母親の回顧録を執筆し、その出版記念パーティが華々しく執り行われていた。

ナチス残党の大物を東ドイツで拘束し、イスラエルに連行する任務だったが、途中で逃亡を図られたため、レイチェルが射殺した、その経緯が詳細に綴られていた。
だがレイチェルの顔色は冴えない。

その席にモサド長官のステファン・ゴールドが車椅子で現れる。
以前テロの標的となり、車を爆破されたのだ。
サラはステファンとレイチェルの間の一人娘だった。二人はすでに離婚していた。
ステファンがこの場に現れたのは、サラの本に書かれた、ナチスの大物を拘束した作戦に、レイチェルの上司として参加してたからだ。

作戦にはもう一人参加していた。デヴィッド・ペレツは二人と長く音信を絶っていた。
ステファンはデヴィッドを探し出し、パーティに呼ぶために車を向けた。
だがデヴィッドは車に乗り込む寸前に、急に身を翻し、車道に出てトラックに轢かれ即死した。
ステファンの見てる前で。


1965年、東ベルリン。若きモサドの諜報員レイチェル、ステファン、デヴィッドの3人は、ユダヤ人強制収容所で、残忍な生体実験を繰り返し「収容所の外科医」と呼ばれた、ナチス残党の大物ディーター・フォーゲルが、産婦人科医に身分を偽り、市内で開業してるという情報を掴んだ。

近づけるのはレイチェルしかいない。彼女は妊娠の検査を装って、フォーゲルの診断を受ける。
それは任務とはいえ、激しい葛藤を伴うものだった。

レイチェルは両親を戦争で失っている。彼女はユダヤ人だ。その死に関わりが深いであろうナチスの戦犯を前に、下着もつけず足を開かなければならないのだ。

フォーゲルは特に不審がる様子もない。
触診の最中の何気ない質問に、レイチェルは淀みなく応える。
拘束作戦決行の日が下されるまで、レイチェルは患者を装い、フォーゲルの元に通う。

だがその緊張と、屈辱感を誰かに包み込んでもらいたい。
レイチェルは作戦の隊長であるステファンよりも、いつも通院に付き添う、寡黙なデヴィッドに惹かれていた。デヴィッドもレイチェルを好きになってたが、彼女が部屋でキスを求めてきた時、応じることができなかった。
任務の遂行が優先だと、気持ちを振り払ったのだ。

レイチェルは傷ついた。
ひとりで部屋にあったピアノを弾いてるとステファンが現れ、隣に座って鍵盤に触れた。
別の部屋にいたデヴィッドは、鍵盤のキーが変わったのを耳にして、その意味を悟った。
作戦決行は明日と決まった。


レイチェルはその日、診察台に上がり、フォーゲルから
「昨日、性交をしましたね?」と訊かれる。頷くと
「タイミングがよかった」
「子宝に恵まれるようにと、すべての患者さんに言ってます」
「収容所でも?」
レイチェルはそう言った瞬間、足をフォーゲルの首に絡め、締め付けると、用意してた麻酔液を、その首に射ち込んだ。

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フォーゲルが倒れたと、妻の看護婦を呼んで、救急車を手配させる。
その通話を探知してたステファンとデヴィッドは、用意しておいた救急車に白衣で乗り込み、本物より先に病院に到着し、フォーゲルの拉致に成功する。

そこまでは良かったが、東側が監視する、鉄道の駅のフェンスを破り、列車が通過する時間内に、西側にフォーゲルを運び出すという作戦は、僅かなほころびから、監視兵との銃撃戦となり、3人はフォーゲルを東ベルリンのアジトに拘束したまま、待機を余儀なくされる。


後ろ手に縛り、口はテープで塞ぐが、食事は与えなければならない。ステファンは二人に
「フォーゲルと口を聞くな」
と釘を刺すが、フォーゲルはその狡猾さで、揺さぶりをかけてくる。
拘束している相手に、次第に主導権を握られ、3人の間にも苛立ちの色が濃い。

頼りにしたアメリカは、この件から手を引くと通告。
ステファンは打つ手がないなら、殺してしまおうと、フォーゲルに銃を向ける。
それを止めたのはデヴィッドだった。

食事を与えるデヴィッドに、フォーゲルは礼を言う。
だがその目は、冷酷になり切れない、ユダヤ人の若者の弱点を見据えていた。
フォーゲルは「なぜナチスはあれほど多くのユダヤ人を、殺し続けることができたのか?」
と、滔々と自説を述べ始めた。
デヴィッドはついに激昂し、フォーゲルを殴りつけた。
二人が止めに入った、そのどさくさに、フォーゲルは割れた食器の破片を手で隠した。

見張りはレイチェルに交代した。大晦日の花火が窓から見える。
レイチェルが部屋に目を戻すと、縛りつけてたフォーゲルの姿がない。
その瞬間、物陰からガラス片で頬を深く切りつけられ、殴り倒されたレイチェルは昏倒した。


射殺したという回顧録の内容は嘘で、真相は、フォーゲルにアジトから逃げられてしまったのだった。
3人はその事態に呆然となるが、ステファンは解決策を告げた。

それはフォーゲルを射殺したと報告するというものだった。
このことを知るのは我々3人だけだ。
フォーゲルは身分を明かすことはできないから、この件を公にするはずはない。


3人は「嘘」を抱えたまま、イスラエルに英雄として帰国した。
ステファンは割り切っていたが、レイチェルとデヴィッドは、自らに課した心の
「負債」に葛藤し続けた。
ステファンはモサドで昇格し、レイチェルと結婚、娘のサラが生まれた。

心が晴れないままのレイチェルの元を訪れたデヴィッドは
「モサドを辞める」と言った。
「僕と一緒に来てほしい」
でもあなたはあのキスを拒んだ。
「もういまさら遅いのよ」
そしてそれ以来、デヴィッドはレイチェルの前から姿を消した。


それから25年が経っていた。ある講演会の会場にデヴィッドの姿があった。
講演を終えたレイチェルは、デヴィッドがあの後、一人でフォーゲルを追って、世界中を巡ってたことを知った。
「見つけてどうするの?」
「マスコミに告げるんだ。この男がフォーゲルだとね」
「それで我々も苦しみから解放される」
だがレイチェルは、回顧録を出版した娘も巻き込む決断など、選択できるわけはなかった。
「昔には戻れないわ」
二人はこれが最後となった。

回顧録の出版パーティで、レイチェルは、元夫のステファンから思いもよらぬ話を聞かされる。
フォーゲルは生きている。ウクライナはキエフの病院に、名を偽って入院中だという。

その事実を地元のジャーナリストが嗅ぎつけ、本人に真偽を確かめるため、接触しようとしてる。
表沙汰になる前に手を打たなければならない。
車椅子のステファンは言う。
「レイチェル、君しかいないんだよ」


『THE DEBT(負債)』という原題が、『ペイド・バック』という邦題となり、DVDスルーで世に出たわけだが、この邦題も掴みどころがないね。
はっきりと内容がわかるような『ナチスハンター/モサド偽りの真実』
みたいな邦題でいいんじゃないか?
この題材に興味を示すのは、年齢も高めのユーザーだと思うしね。

全米では興行チャートのトップ10にも入ってたし、派手な見せ場はないが、予算をかけてかっちり作りこまれてる。
1960年代の東ベルリンの渋い色彩設計がいいし、テルアビブにウクライナと、ロケーションにもスケールが感じられる。
監督は『恋におちたシェイクスピア』のジョン・マッデン。
2008年の『キルショット』に続いて、日本ではDVDスルーとなってしまったが、俺としては今回のが、この監督の中では一番楽しめた。

役者も揃ってる。主役の3人の現在と、若い時代をそれぞれ別の役者が演じてる。
レイチェルの現在をヘレン・ミレン、若い時代をジェシカ・チャスティン。
ステファンの現在をトム・ウィルキンソン、若い時代をマートン・ソーカス。
そしてデヴィッドの現在をキアラン・ハインズ、若い時代をサム・ワーシントン。

東ベルリンでのミッションを描く部分が中心なので、若い時代を演じる役者にフォーカスが当たる。

特にレイチェルを演じるジェシカ・チャスティン。この映画のキャストでいうとサム・ワーシントンと並んで、昨年から売れまくってる新進スターだが、彼女がやはり見応えがある。

フォーゲルを足で締める場面が特に。俺も同じ目に遭ってもいい。

若い彼らの「負債」を振り払うことになるのが、年取ってからのレイチェル自身で、そこはヘレン・ミレンが貫禄を見せる。
なので、これは女優の映画であり、男たちはいささか影が薄い。
むしろ拘束されるナチス戦犯フォーゲルを演じる、イェスパー・クリステンセンが、その底知れない表情の妙味で場面をさらう。
ダニエル・クレイグ版「007」で、ミスター・ホワイトを演じてるデンマーク人俳優だが、マッツ・ミケルセンといい、最近は「北ヨーロッパ」の役者が注目だな。

日本版DVDで見れたからまあいいんだけど、この映画は撮影もいいし、この内容ならスクリーンで見たかったとは思うね。

2012年8月11日

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