もう三谷幸喜より内田けんじかも [映画カ行]

『鍵泥棒のメソッド』

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35才の売れない役者・桜井は、ボロいアパートの一室で首を吊るも失敗に終わり、体は汗だくだし、とりあえず銭湯のタダ券があったので、汗を流しに出かける。

一方その前の晩、とあるアパートの前に車を停めた男が、カーステレオでベートーヴェンを聴いている。
腕時計のアラームが鳴ると同時に、アパートの玄関から会社員風の中年男が出てくる。
車の中の男は雨がっぱにマスクとサングラスをつけて、車を降りる。
中年男が車の後ろを横切ろうとした瞬間、男はナイフで腹を数回刺して、そのままトランクへ放りこむ。
返り血を浴びた雨がっぱとナイフをビニール袋にすばやくしまい、男は車を出す。
物陰からその一部始終を見てた若い男がいた。


翌日、男は映画撮影の渋滞に巻き込まれていた。
苛立ってふと腕時計に目をやると、腕に返り血が残っていた。
うんざりして外に目を向けると、銭湯の煙突が見えた。

桜井と同じ時間に、ヤバい仕事を終えた後の男が、銭湯にやってきて、桜井の隣りのロッカーに、分厚い財布を入れた。
桜井は先に体を洗ってたが、隣りのじいさんの石鹸を拝借しようとして、手で払われた。
その拍子に石鹸は床を滑っていき、丁度入ってきた男がそれを踏んで、転倒して頭を強打。
その拍子にロッカーの鍵が桜井の足元に。

風呂場は騒然とし、桜井はとっさに、自分のロッカーの鍵とすり替えた。
救急隊員が男を運び出し、ロッカーから所持品を持って行った。それは桜井の物だった。
桜井は周りに人がはけてから、男のロッカーの鍵を差し込んだ。
黒の上下のスーツに、黒のネクタイ。車のオートキーもあった。

銭湯の外に出て、キーを押してみると、「プイプイ」と音を立ててるのは、見るからに高そうな、クライスラーだった。


翌朝クライスラーで桜井は方々を回り、借金をしてた相手に金を返して回った。
もちろんその金は、頭を打った男の財布に入ってたものだ。

最後に向ったのは元カノのアパートだった。
桜井は一時はそこに一緒に暮らしてたのだ。
彼女にも借りてた金を返した。彼女は結婚相手とともに、アパートを出るところだった。
桜井と一緒に写ってる写真が残ってると、ゴミ袋からかきだして渡される。
桜井は車の中で、その思い出の写真を見ながら泣くと、写真を外に放り捨てる。


病室にいる男を、桜井は様子を伺いにやってきた。
紙袋には男の私物である腕時計やスーツが入ってた。

寝てる男のサイドボードの上に、自分の私物が置かれてる。
そっと手を伸ばそうとして、急に男に手を掴まれ、桜井は動揺する。
だが男は何も憶えてないようだ。

ふいに「桜井武史」と呼ばれ、桜井はビクッとなる。
「いや、それが私の名前らしいんですが…」
男が手にしてるのは、桜井が銭湯の行きがけにポストから抜き取った、税金の督促状だった。
その宛名を見てるのだ。
桜井は「あの時銭湯にいたんで、様子を見にきただけで」
と言い、男の私物が入った紙袋を再び持って、病室から立ち去った。


同じ病院の別の病室に香苗はいた。
母と姉とともに、父親の見舞いに来てたのだ。

何事につけ几帳面な性格の香苗は、恋には臆病で、彼氏ができない。
だが病床の父親は、香苗の花嫁姿を生きてるうちに見たいと願ってる。
雑誌社で編集長をしてる香苗は、編集部員の前で結婚宣言をしてた。
相手探しに協力してほしいと。
「健康で、努力家の方なら」という条件だった。

男は退院できることになったが、自分が何者かわからない。
少ない所持金の中からノートとペンを買い、手掛かりになることを書き上げていった。
几帳面さが感じられる筆致だった。

編集部員がセッティングしてくれた合コンに参加するため、母と姉とは、病院の前で別れた香苗。
そこに後から出てきた男が声をかけた。
税金の督促状に書かれた、宛先の住所の方角がわからないと言う。
30分はかかるという道を、歩いて行こうとする男の後ろ姿に、香苗は
「私、車ですけど」と声をかけた。


桜井は男の免許証に書かれてるマンションの前にいた。
免許証の名前は「山崎」となってた。
山崎が記憶喪失に陥ってることは思いがけなかった。

桜井は山崎の部屋に入って、自分のアパートとのあまりの違いに目を見張った。
だが罪悪感に苛まれ、目の前にあったビデオカメラに、謝罪のメッセージを残した。
その後、何気なくクローゼットを開けて、呆然となった。

あらゆる種類の服や、カツラ、盗聴グッズ、なにより山崎は、夥しい数の偽IDをファイリングしていた。山崎という男は詐欺師なのか?

本を模った箱に目が留まった。中を開けると、拳銃が隠してあった。
もとより自殺しようとしてた桜井だ。
いっそこの場でと、拳銃をこめかみにあて、引き金を引こうとした瞬間、ケータイの着メロが鳴り、ビビッて拳銃を落としてしまう。
鳴ってるのは山崎のスマホだった。おそるおそる通話ボタンを押す。

「コンドウさんですか?」
この相手は山崎のことをコンドウだと思ってる。
「ギャラを支払いたいんですが」
「ギャラって?…いくら?」
「500万です」
「場所を指定してもらえれば、そこに置いておきます」
桜井は少し考え、自分のボロアパートのポストを指定した。



俺はこの映画を見に行って、パンフを買い、見終わった晩にパンフを読んだ。
このパンフは最近のものには珍しく、「シナリオ再録」が掲載されてる。
これは映画のシナリオを、そのまま書き写したもので、これにじっくり目を通した。
映画で見落としてた細かい伏線というか、小道具的な要素を、読んで気づかされ、もう一度見に行ったのだ。

すると内田けんじ監督の脚本の周到さがより明確に伝わってきて、1回目に見た時よりも、結末などはジンときてしまった。
これは筋がわかってても、2度見た方がより楽しめると思う。
もちろん映画の中の山崎なみに、観察力の細かい人なら、一度ですべての伏線に、神経を行き届かせることが可能だろうが。


ボロアパートに住んでる桜井に、否応なしに入れ替わられた山崎が、桜井のアパートの部屋に残った所持品から、自分がどういう人間なのかを探っていく。

香苗も記憶喪失の山崎に興味を抱いて、一緒に手掛かりを探してくれる。
無名の役者だったようだと見当がつき、カレンダーにあった、エキストラ出演の日に、現場に行ってみる。
そして次第に演技というものに興味を抱いていく。


香川照之は、記憶喪失に陥りながら、悲観することなく、自分が何者なのかを手探りしつつ、その過程で人生の情熱めいたものを見出していく、そういうキャラクター像を、非常に的確に表現していて、その抑えた演技の中に、ほのかな可笑しみをたたえた按配が見事だと思う。

一方の桜井を演じる堺雅人は、行き当たりばったりの人生が行き詰ってしまった、売れない役者というキャラを、すねたユーモアで表現してる。
香川照之のような細密さの感じられる演技ではないが、これは役どころが、くっきりとした笑いを取らなければならないという部分があり、「持ち場」の違いということだろう。


売れないなりに「演技」を仕事としてきた桜井が、「コンドウ」という名の殺し屋に、実際に扮しなければならなくなる。
一方、実人生でいくつもの偽の名前を演じてきた山崎が、役者という「役を演じる」仕事に打ち込んでいく。
本当の自分ではない誰かを演じる二人の男に対し、香苗は男の本質を見極めようとする。

「健康で、努力家の方なら」というのは、見た目は問題ではないのだ。
金のあるなしでもない。
この几帳面で融通は利かなそうだが、真っ直ぐに人を見ることができる香苗を、広末涼子が役にハマったように見事に演じてる。
彼女の映画をそんなに見てるわけではないが、見た中では一番いいと思う。

殺し屋「コンドウ」に仕事を依頼した工藤を演じてるのが荒川良々だ。
いつもは出てくるだけで笑いを誘うようなルックスの彼が、ヤクザ者を演じ、静かな口調でドスを利かせてる。あの顔が逆に凄みを感じさせ、誰も笑ってない。
ただ1カットだけ、彼ならではの表情が一瞬見れるので、そこはホント可笑しい。


ここから先はイチャモンみたいなもので、これを書いたからといって、いささかも映画の面白さに影響はないとは思う。

山崎は殺し屋「コンドウ」を名乗って、工藤のような人間から依頼を受けてるという設定だ。
実はこれにも裏があるんだが、いずれにせよ、殺しを依頼した側は、殺しの証拠を求めると思うんだよな。証拠もなしに口頭だけで、報酬の支払いはしないだろう。
そこを「コンドウ」はどうしてたのか?その描写がない。
映画を見ればわかるけど、いくら周到な山崎でも、あの「仕事」の仕方が成立するだろうか?とは考えてしまう。

あと、小道具がほとんど伏線として機能してたけど、桜井が山崎の部屋で謝罪メッセージを録画した、あのビデオカメラ。
あれが後半のどこかで使われるのかなと思ってたが、スルーされたんでそこは残念だった。
些細なことではある。

2012年9月27日

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midori

コンドウの几帳面さを、
香川照之がバッチリ演じていましたね。
(メモする字が綺麗でサスガ!と思いました)
by midori (2013-06-28 11:21) 

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