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「午後十時の映画祭」50本③作品コメ [「午後十時の映画祭」]

「午後十時の映画祭」

引き続き、この映画が観たい「午後十時の映画祭」50本(70年代編)のタイトルリストに沿ってのコメントを。
五十音順で、今日は「エ」から「カ」まで。



『栄光への賭け』(1970)アメリカ 
監督マイケル・ウィナー 主演マイケル・クロフォード、ライアン・オニール

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もう今じゃ『オペラ座の怪人』の初代ファントムとしての方が有名になってしまったマイケル・クロフォードだが、若い頃は『ナック』や『ジョーカー野郎』など、フットワークの軽い演技で人気を得ていた青春スターだった。

この映画は1960年に開催されたオリンピック・ローマ大会をクライマックスに置いた、マラソン選手たちの苦闘のドラマだ。一人のマラソンランナーに焦点を絞るんじゃなく、各国のそれぞれの思惑や、それぞれに背負うものが違うランナーたちを描く中で、巨大ビジネスとしてのオリンピックの影の側面を見つめていく。
アメリカ側が自国への中継時間の兼ね合いで、マラソンレースを炎天下の日中に繰り上げさせたり、多分ライアン・オニールだと思うが、オリンピックのレース前に薬物を服用して走る場面があった。オリンピックとドーピングの問題というのが、すでにこの当時から語られていたんだね。

マイケル・クロフォードは、牛乳配達人をしていて、毎朝トレーニングをしてる長距離ランナーより早く走れることが知れて、コーチに見出されるという「市井」のランナーの役。オーストラリアでカンガルーより早いというアボリジニの青年とか、共産圏の某国から、若いランナーを西側に派遣すると、亡命の恐れもあるという理由で、代わりに選ばれた熟年ランナーとか。
その熟年ランナーを、フランス人のシャルル・アズナブールが演じていて、全然マッチョではない彼のマラソンランナーぶりは、却ってリアルに感じたりした。
日本でのレース場面も描かれていて、実際に日本ロケしてるようだ。
何年か前にWOWOWで放映されてるが、ビデオ・DVD化はされてない。



『黄金の指』(1973)アメリカ 
監督ブルース・ゲラー 主演ジェームズ・コバーン

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スリのチームプレイというものを、この映画で初めて見た。
「目付け」「オトリ」「サクラ」「鉄砲」と役割が決められており、「黄金の指」を持つコバーンが、標的となる人物のポケットから瞬時に抜き取った財布を、そばの人間に次々と手渡ししていく。
これじゃ誰にやられたかなんて、まず見分けられないと、見た当時は舌を巻いたよ。
この方法をジョニー・トー監督が、その名もずばり『スリ』という映画で再現していた。

原題は『HARRY NEVER HOLD』ハリーとはコバーンの役名、つまり「ハリーは決して自分ではスッた物を所持しない」という意味。
スリは現行犯逮捕となるからだ。この原題がラストに効いてくるあたりも上手い。

このチームに、「オトリ」として使えそうな美女トリッシュ・ヴァン・デヴァーとともに、一人でスリを行ってた若者マイケル・サラザンが新たに雇われることになるんだが、サラザンが「ガン」だった。チームの一員としての役割に満足できず、スタンドプレイでチームを危機に陥らせる。美女を巡ってコバーンともこじれる。
スリの標的には目が利くが、雇い入れる人間には目が利かなかったという事だな。

犯罪ものだが、血が流れるわけじゃない、一種の「ピカレスク」もので、ジェームズ・コバーンという役者のダンディな個性が見事にハマってると思った。ラロ・シフリンの音楽も、スリリングな場面展開を盛り上げてた。
これもビデオ・DVD化されてない。理由はわからない。
スリのやり方を真似されると困るみたいなことか?



『おかしなおかしな大冒険』(1974)フランス・イタリア 
監督フィリップ・ド・ブロカ 主演ジャン・ポール・ベルモンド、ジャクリーン・ビセット

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1960年代に『リオの男』『カトマンズの男』という、「男」シリーズで、そのスラップスティックなアクション・コメディで大いに湧かせた、ベルモンドとド・ブロカ監督の名コンビが久々に組んだ一作で、相手役が70年代随一といってもいい美女ジャクリーン・ビセットという、これは夢のカードと言ってもいいんだが、なんでビデオもDVDも出ないかね?
「おかしなおかしな…と題名につく映画はそんなにおかしくはない」という定説があるんだが、
これはちゃんと「おかしい」

小説家が自分が書いた小説のような冒険に駆り出されるというのは『ロマンシング・ストーン』とか『幸せの1ページ』とか、どちらも女流作家が主人公のものがあるけど、この映画のベルモンドは、文学が書きたいんだが、金のためにスパイヒーロー小説を書いてる。

実際に冒険に出るんじゃなく、向かいに越してきた美女のビセットを眺めつつ妄想が果てしなく広がるという話。その内、ビセットが小説家の家に遊びに来るようになり、現実の展開が、彼の書く小説の世界感を変えてってしまうのだ。ビセットが彼の小説の中のスパイがカッコいいと話すと、それに嫉妬して、スパイをドジな男に書き直してしまう。

小説家、カッコいいスパイ、ドジなスパイの三役を演る、ベルモンドのワンマンショーでもある。
フランス語だったと思うが、ビセットもフランス語しゃべってたはず。ミニスカートの彼女が魅力全開でね。
これはワーナーなんで、オンデマンド・サービスで出るかも知れないと期待はしとくが。



『かもめのジョナサン』(1973)アメリカ 
監督ホール・バートレット 音楽ニール・ダイヤモンド

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40代半ば以上で、この小説のことを知ってる人は多いと思う。ある種社会現象と言える位に売れた本だった。
青地にかもめの白いシルエットをあしらっただけの、シンプルな装丁で、手にしてるだけで洒落た感じがしたし、文字数も多くないんで、気軽に買えたんだね。

主人公は一羽のかもめ、フルネームは、ジョナサン・リヴィングストン。彼はゴミ処理場で生ゴミをついばむ群れに加わらない。そんな誇りのない生き方はゴメンだと思ってる。群れと距離を置き、五感と飛行能力を研ぎ澄ますべく、ひとり飛翔を繰り返してる。イチローのような求道者なのだ。
だがジョナサンのスタンドプレイは群れの長老たちの怒りを買い、彼は群れからの追放を言い渡される。
群れを出て行ったジョナサンは広大な大陸を放浪し、さまざまな生き物の営みを眺める。
そして導師(グル)のような老かもめに出会い、人生の意味を探求していく。

前半のかもめの飛翔に関する、臨場感ある描写に対して、物語の後半はなにやらスピリチュアルな展開になっていく。当時この小説は一種の「自己啓発本」のように読まれたりもした。
あれだけブームを起しながら、今ほとんど顧みられることがないのは、そういう部分の「臭み」を感じとった人が多かったことがあるのかも知れない。

この小説の映画化に強い熱意を示したのは、ジュディ・コリンズの主題歌が耳に残る1968年の
『青春の光と影』を監督したホール・バートレット。
今ならかもめをCGにして、くちばし動かしてしゃべらせる、そんな方法で作るだろうが、この監督は全部実写で行くと決めた。
鳥の調教師を雇い、本物のかもめに「こうさせたい」という動作をつけ、その表情のアップなどに、声優による内省的なモノローグが被さる。
このモノローグの感じは『ツリー・オブ・ライフ』を連想させる。
人間はいっさい出てこず、大海原やアメリカ大陸の雄大で、変化に富んだ景観、その中を飛ぶジョナサンの目線になったカメラの臨場感。スクリーンで見てこそ醍醐味が伝わるものだろう。

この「映像詩」とも呼べる映画を彩るのが、ニール・ダイヤモンドが、この映画のために書き下ろした数々の楽曲だ。オープニングの『Be(存在し生きること)』は、その雄大さで、見る者を物語に引き込んでいく。
ニールはこのサントラでグラミー賞を受賞してるが、日本で彼の名が一番メディアに取り上げられた時期だった。

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ニールは世界的には大スターと呼べる存在だが、日本では今いち受けない。
特にエンターティナーとしての貫禄をつけてきた70年代以降は、彼の歌の「大仰さ」のようなものが、日本人の胃にはもたれる感じがあったかも。
だが彼は元々はシンガーソングライターとして人気を博していて、初期には『ソング・ソング・ブルー』や、モンキーズに提供した『アイム・ア・ビリーヴァー』など、ポップで親しみ易い名曲を多く残している。
この『かもめのジョナサン』の楽曲はドラマティックではあるが、初期のリリカルな曲の風情も感じられて、耳なじみがいい。

そんなつくりの映画なんで、見てて眠気を誘われることもあるだろう。だがそれもいいと思う。イビキさえかかなきゃ、映画見ながら、つい眠りに落ちるのって、実は気持ちよかったりするんだよね。

この映画は以前に大映から一度ビデオ化されてるが、DVD化はされてない。
ニール・ダイヤモンドの楽曲使用をクリアできるか?というとこだね。



『ガラスの旅』(1971)イタリア 
監督ウンベルト・レンツィ 主演レイモンド・ラブロック オルネラ・ムーティ

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レイモンド・ラブロックは1968年に『透き通った夕暮れ』が公開されたことで、日本の当時の女の子たちの熱狂的な支持を受けたスター。
森永製菓の「チョコフレーク」のCMに出たり「an-an」の表紙を飾ったり、アイドル的な人気を誇ったということでは、イタリアの俳優で初だったんじゃないか?ジェンマのように男からも支持されたのとは違うし。

この映画は1969年の『ガラスの部屋』に続く「ガラス」シリーズ第2弾だが、内容的には何の関係もない。
相手役のオルネラ・ムーティはまだ映画3作目で当時16才!それにしちゃ際どい役柄で、イタリア人の彼女が演じるのはデンマークの少女。レイモンド・ラブロック演じるイギリス人の若者とつるんでヨーロッパを旅行中。
旅の資金はというと、デンマークのポルノショップでエロ本を買い漁り、それをイタリアなど、販売が禁じられてるカソリックの国で、高く売りさばくというもの。
そのうちそれも面倒だというんで、カメラ買って、オルネラ・ムーティのヌード生写真を売りつけるようになる。そんな役演らせるなよ16才に。

と、こう書いてるが、ストーリーを読んで知ってるだけで、実際この映画は見てない。
何で見たいのかと言うと、このカップルはその後、偶然出会った金持ちの夫人の邸宅に泊めてもらうことになる。
その夫人をイレーネ・パパスが演じてて、歴史劇とかシリアスな映画に出てる女優がなんで、この手のものに出ることになったのか、それはわからないが、当時眺めてた映画雑誌の、この映画のスチールで、ベッドに腰かけたオルネラが、裸足の足先をそのイレーネ・パパスの鼻先に突きつけてる場面が写ってた。
足の匂いかがせるプレイなのか、それが気になってしょーがない、今に至るまで。
オルネラがまたドSな表情を浮かべてるのだ16才なのに。

テレビ放映された記憶もないし、ビデオ・DVD化もされてない。UK版のDVDは出てるらしいが。
まあこんな理由で見たいのは俺くらいかも。



『カンサスシティの爆弾娘』(1972)アメリカ 
監督ジェロルド・フリードマン 主演ラクエル・ウェルチ

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昨年公開されたエレン・ペイジ主演、ドリュー・バリモアが監督・出演を兼ねた『ローラーガールズ・ダイアリー』は、「ローラーゲーム」を主題にした青春映画だったが、この映画はその「ローラーゲーム」を初めて映画で描写したスポーツドラマだ。

俺が小学生の時、東京12チャンネルで、夜7時位から中継をやってた。芝公園のあたりに特設リンクが作られてて、「東京ボンバーズ」という日本のプロチームが、アメリカのチームなんかを迎えて対戦してた。アメリカチームの監督が悪辣な奴で、得点間近の日本の選手の足をステッキで引っ掛けて転倒させたりして「あのヤロー!」とガキの俺は本気で憤ってた。
そのへんは演出が入ってて、後で考えてみれば「イロモノ」的要素も強かったんだが、それを含めて、よくできた「スポーツ興行」だったんじゃないか?

第1次ローラースケート・ブームというのが、俺のガキの頃にあって、男の子はほぼみんな履いて遊んでた。
滑車の部分がゴムのやつと、なんか軽金属のやつとあって、軽金属のはとにかく「カチャーカチャー」とうるさいわけよ。俺はゴムの履いてる奴がうらやましかったね。そっちの方が高かったんだよ。
でもローラー履いてたんで、初めてスケートリンクでアイススケートを体験した時も、すんなり滑れた。俺らの下の世代はローラーブレードになるのかな。

まあそんなブームの中で生まれたスポーツであり、当時はどんなもの着てもエロカッコよかったラクエル・ウェルチに、ローラーゲームのユニフォームがばっちりキマって、それだけで見る価値はあったのだ。
彼女をはじめ、肉弾派の女優や、実際の選手たちが滑ってるんで、試合場面の迫力は『ローラーガールズ・ダイアリー』を凌いでる。
「東京ボンバーズ」のスター選手だった佐々木ヨーコや、ミッキー角田も、日本チームの選手として、顔を出してる。

ドリューの映画でも舞台はテキサスの小さな町だったが、この映画でもカンザス・シティやポートランドなど、舞台は地方都市だ。大都会にはそぐわないマイナー感も、味わいになってる。

このゲームをSF的にスケールアップさせたのが、ノーマン・ジュイソン監督の『ローラーボール』で、公開時にテアトル東京のシネラマで見たが、試合の迫力には圧倒されたものの、勿体つけたような管理社会風刺がかったるく感じた。
俺には「マイナーでも、イロモンでも、アタシはこれに人生賭けてんだよ!」という、しがない世界での心意気が見れる方が痛快だ。

ラクエル・ウェルチの娘役で、10才のジョディ・フォスターがちらりと出てる。
ママに倣ってローラースケート履いて走ってた。
この映画も一時期まではテレビ放映もされてたが、ビデオ・DVD化はされてない。

2011年12月28日

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「午後十時の映画祭」50本②作品コメ [「午後十時の映画祭」]

「午後十時の映画祭」

昨日このブログにアップした、この映画が観たい「午後十時の映画祭」50本(70年代編)のタイトルリストに沿って、上からコメント入れていこうと思う。
五十音順に並んでいるので、まずは「ア」から「ウ」まで。



『愛とさすらいの青春/ジョー・ヒル』(1971)スウェーデン・アメリカ 
監督ボー・ヴィーデルヴェリ 主演トミー・ベルグレン

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このブログで前に『みじかくも美しく燃え』の所でちょっと触れたが、あの映画の監督・主演コンビがその後に、アメリカにロケして作った、フォトジェニックな青春映画。

ジョー・ヒルはフォークシンガーの始祖と言われる人物で、20世紀初頭に、スウェーデンからアメリカに移民してきた。東海岸から西を目指し、汽車の屋根などに乗って移動する「ホーボー」と呼ばれる労働者たちと行動を共にする内、その厳しい現実から労働運動に加わり、救世軍の歌を「替え歌」にした労働歌で、民衆たちの支持を集めていった。だが銃撃事件の容疑者にされ、無実の罪で33才という若さで処刑されている。

ジョーン・バエズの主題歌『ジョー・ヒル』も有名だが、劇中に歌われる「替え歌」の数々が聴きものとなってる。
トミー・ベルグレンという役者の特徴的な優しい眼差しが、新天地アメリカの現実に心を痛めるジョー・ヒルのナイーヴな人物像に合ってて、彼の代表作といえるだろう。

俺は昔一度だけ名画座で見たきりだが、『みじかくも美しく燃え』と同様に、美しいカメラがアメリカの大地の風景を切り取ってるんで、是非スクリーンで再会したいもんだ。



『赤ちゃんよ永遠に』(1972)イギリス・アメリカ 
監督マイケル・キャンパス 主演オリヴァー・リード

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原題は『Z.P.G.』という。「ZERO POPULATION GROWTH」(人口増加数ゼロ)という、近未来の政府のスローガンだ。
子供が生まれなくなった未来世界というと、2006年の『トゥモロー・ワールド』を連想する。
あちらは謎の疫病によって妊娠できなくなるという設定だったが、この映画は人口増加を抑えるために、政府が妊娠を禁ずるという設定。夫婦には「赤ちゃんロボット」が支給されてる。

物語を転がすために、当然禁を破る夫婦が現れる訳だが、その夫婦をオリヴァー・リードとジェラルディン・チャップリンが演じてる。
妊娠をごまかすために色々細工したり、赤ちゃんの存在に気づいた別の夫婦に、口外しない代わりに、自分たちにも育てさせてほしいと言われ、一緒に育てる内に、互いの夫婦のエゴがぶつかってく様子など、描写は細かい。
禁を破った者は公開処刑に処せられるんだが、ドームの中で、時間をかけて酸素を減らしてくという、これもヤな死に方だな。
夫婦が都市からの脱出を試みる終盤の展開とか、『トゥモロー・ワールド』はこの映画をかなりヒントにして作られてるなと思う。

この当時は『最後の脱出』『オメガマン』『ソイレント・グリーン』など、未来へのペシミスティックな展望を背景に持った、「デストピアSF」が目立った。
それはSF映画の主流にもなってたが、それらを楽天的に吹っ飛ばしてしまったのが『スター・ウォーズ』だ。ルーカスは自分だって『THX-1138』なんていう、思いっきりデストピアなSFでデビューしときながらね。
俺はこの当時の辛気臭いSFが、それはそれで好きだったんで、ルーカスへの感情は複雑なもんがある。
この映画は一度どっかのメーカーからビデオが出てたが、それきりだ。



『雨のロスアンゼルス』(1975)アメリカ 
監督フロイド・マトラックス 主演ポール・ル・マット

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「ルーカスへの感情は複雑」と書いたが、俺は1970年代で1本挙げろと言われたら『アメリカン・グラフィティ』と即答できるのだ。もう何度見たかわからないし、本家の「午前十時の映画祭」でもめでたく選ばれてる。
なので俺にとっては、ルーカスは『スター・ウォーズ』の人ではなく『アメグラ』の人なのだ。

その『アメグラ』で白シャツにリーゼントでキメてたポール・ル・マットが、車好きのキャラをそのままに、自動車整備工を演じてるのがこの映画。
修理を頼みに来た人妻に惚れてしまうことから、悲劇へとひた走る。
ドラッグカーレースの場面も結構あったように記憶してるが。
ストーリーは何てことないもので、一番の特徴は、エルトン・ジョンの楽曲を全編に使ってること。
エンディングを飾る『ベニー・アンド・ジェッツ』はじめ『ユア・ソング』『ホンキー・キャット』や、『あの頃ペニー・レインで』で印象的に使われた『タイニー・ダンサー』も、この映画が先に使ってた。

「60年代はビートルズ、80年代はマイケル・ジャクソン」と象徴される中で、70年代はエルトン・ジョンの時代だった。その大スターの楽曲をこれだけ使ってるんだから、相当な使用料となってるはずで、映画のストーリーには金もかけられんだろう。

全体にモヤがかかるような柔らかい色調はウィリアム・A・フレイカーによるもの。ヴィルモス・ジグモンドとともに、70年代アメリカ映画の特徴的な「ルック」を作った撮影監督だ。

この映画は封切りの時に見てるが、名画座でかかって以降はほとんど見られる機会がない。
ビデオ・DVD化もされてないのは、エルトン・ジョンの楽曲使用に関する版権がネックになってると思われる。
フロイド・マトラックス監督は、この映画に出演してたティム・マッキンタイアを主役に起用した1978年の『アメリカン・ホット・ワックス アラン・フリード物語』で評判をとった。
ロックンロールの生みの親とされる、50年代の伝説のラジオDJアラン・フリードの伝記で、WOWOWで放映されてるが、俺は録り逃した。



『暗殺のオペラ』(1971)イタリア 
監督ベルナルト・ベルトルッチ 主演アリダ・ヴァリ

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先日『灼熱の魂』のコメントの中で、親の過去を子供が辿る映画を何本か挙げてみたが、この映画もそうだった。
ムッソリーニ政権下で、ファシズムと戦い命を落としたとされる父親の故郷の、北イタリアの小さな町の駅に、息子が降り立つ所から映画が始まる。町では英雄として銅像まで立てられてる父親の、死の真相を辿る息子は、そこで思いがけない事実に突き当たるという筋立て。

その息子が父親に瓜二つと、町の住民から言われ、町を去ろうと駅に行くと、線路は無くなっていたという、不条理テイストは、ボルヘスの原作ならでは。

これという激しい見せ場があるわけじゃない、静かな演出ぶりだが、なんといってもヴィットリオ・ストラーロの撮影が美しい。三谷幸喜監督が、自作の題名にもした「マジック・アワー」というもの。
夕暮れの十数分だけに見られる空の色を指す言葉だが、大抵引き合いに出されるのがテレンス・マリック監督の『天国の日々』のカメラだ。
だがストラーロはそれより前に、この映画でマジック・アワーを捉えている。

あとは食べ物を映したカメラ!スイカがでてくるんだが、その赤い果肉のみずみずしさ。主人公が訪れるハム職人の家に吊るされた、熟成を待つ豚肉は、香りまで漂ってきそうだった。

ベルトルッチにしては性的な描写は見あたらないが、主人公の出会う少年が、帽子を取ると長い髪の少女だったという場面がある。テーブルに腰かけた少女から、白い足が伸びていて、この監督の足フェチの片鱗は垣間見えたりした。
このストラーロのカメラはスクリーンで体感しないと駄目なのだ。



『ウィークエンド・ラブ』(1973)イギリス 
監督メルヴィン・フランク 主演ジョージ・シーガル、グレンダ・ジャクソン

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グレンダ・ジャクソンはこの大人のラブコメで、その年のアカデミー主演女優賞をゲットしてるのだ。
にも関わらず、この映画は今までビデオ・DVD化が一度もされてない。
理由はよくわからない。そんなに有名な楽曲とか使ってた憶えもないんだが。

『フォロー・ミー』と同じ時期で、舞台も同じロンドン。あちらは恋愛劇というより、心ときめく大人の散歩劇という、可愛らしさが作品の魅力となっていて、本家『午前十時』で何十年かぶりのスクリーン上映がなされた。
この映画もそれに倣って何とかならんかね。

こっちは妻子持ちのジョージ・シーガルと、バツイチのグレンダ・ジャクソンが、雨の日にタクシーに相乗りになって、知り合う不倫ドラマ。このきっかけの設定は後に、ジョージ・クルーニーとミシェル・ファイファーの『素晴らしき日』で流用されてた。
その妻子持ちとバツイチの二人が、週末だけ、アヴァンチュールを重ねようと取り決めをするんだが、男と女の関係はルール通りにはいかないのが常。
「ベッドに入るまで」ではなく「ベッドに入ってから」を描くというのが、大人のラブコメたる所以。

60年代後半から70年代終わりまで、主演作が引きも切らなかったジョージ・シーガル。
初めて見る人には「なんでこんな普通のオヤジが」と思うだろうが、そこに味があったのだ。
この人は銃で解決というマッチョなキャラでもないし、物事に動じない渋い男をキメるわけでもない。それどころか、いつもアタフタしてる感じだ。
しかしその軽妙さが、なかなか他の役者には出せない所。
しかも今のベン・スティラーとかのコメディ役者と違うのは、ギャグとしてキャラを作るわけじゃないとこ。だから観客は地続きで共感を覚えることができるのだ。
この映画は彼の「アタフタ芸」が最も炸裂してて、ヤバいくらい笑える。そして最後はしんみりさせる。名人芸だね。



『失われた地平線』(1972)イギリス 
監督チャールズ・ジャロット 主演ピーター・フィンチ、オリヴィア・ハッセー

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映画自体が「失われた」状態になってるのだ。1937年のフランク・キャプラ監督作『失はれた地平線』と同じ原作による二度目の映画化で、今回はミュージカル仕立て。パナビジョン70ミリで撮影されており、テアトル東京のシネラマ画面にて公開されてる。

当時見てる人は結構多いと思うんだが、これもビデオ・DVD化はなし。
音楽著作権がらみなんだが、この映画の場合はさらに込み入ってて、作曲のバート・バカラックと、作詞のハル・デヴィッドが、楽曲を巡って裁判沙汰になってるのだ。

映画自体もミュージカルなのに、歌える役者を起用してないなど、興行も失敗に終ったことも、封印につながる要因となってるのか。だがバカラックの楽曲のファンも多いはずだし、70ミリで撮られた大作なんだから、もう一度スクリーンでかかってほしいもんだ。

東南アジア某国のクーデターから脱出するため、イギリス人など5人を乗せた飛行機が、ヒマラヤに不時着。毛皮で身を包んだ一隊を率いる僧侶に導かれ、トンネルを抜けると別世界のような、草花が咲き乱れ、暖かな日差し降り注ぐ村に出た。そこは「シャングリ・ラ」と呼ばれる理想郷だった。

この設定はブータン王国をモデルにしてたかも知れないね。
オリヴィア・ハッセーは当時の人気女優だったし、何か1本と思いこれを選んだ。



『うず潮』(1975)フランス 
監督ジャン・ポール・ラプノー 主演カトリーヌ・ドヌーヴ、イヴ・モンタン

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ドヌーヴといえばクール・ビューティの象徴であり、あまり表情も崩さないという印象が、それまでの俺にはあって、どっちかといえば苦手な女優だったんだが、この映画の、それほど化粧っ気もない、じゃじゃ馬っぷりは新鮮で、はじめて好感が持てた映画だった。

いわゆる「孤島もの」というジャンルがあるが、この映画も、世界一の香水職人でありながら、ビジネスに嫌気が差して、孤島を借りて気ままな自給自足生活を送るイヴ・モンタンのもとに、結婚を直前にして、相手の金持ちオヤジから逃げてきたドヌーヴが転がりこんでくるという話。
ドヌーヴと日焼けほど縁遠いものはないと思ってたが、モンタンには鬱陶しがられながらも、野菜作ったり、島の生活に馴染んでいく彼女の活き活きした表情が素敵だ。

モンタンも、アメリカの役者でいえば、先のジョージ・シーガルに通じる「大人の男の持ち味」で勝負できる人。
この二人は意外にもこの映画が初共演だったが、いがみ合ったりする場面も息も合ってて、とにかく見てて楽しかったという印象がある。
孤島を囲む海の景観とか、カメラも綺麗だし、リゾート気分にも浸れる映画。
ラストがまたいいんだよね。
この映画はドヌーヴ作品のDVD-BOXに収められてるんで、見れないわけじゃないんだが、気分的にスクリーンが合ってると思うので。

2011年12月27日

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この映画が観たい「午後十時の映画祭」50本(70年代編)① [「午後十時の映画祭」]

「午後十時の映画祭」

TOHOシネマズを中心に行われてる「午前十時の映画祭」だが、1年目、2年目で計100本を上映した所で、とりあえず打ち止めとなるようだ。
2012年も上映は行うが、これまでの100本から選び直した50本を再び上映するとのことで、「リバイバル上映」ってことだね。

年の瀬で身の回りの用事があれこれと多く、映画館に行ってる余裕がないんで、自分なら何がスクリーンで見たいか、年代別に選んでみようかと、仕事片付けつつ、思い巡らしてたのだ。

選定の条件として、過去に劇場公開されていて、現在はDVDなどリリースされてなくて、すぐに見るのが難しい映画からまずピックアップ。
以前にこのブログで、アメリカのメジャー映画会社が、自社のライブラリーで今まで発売してなかったような作品を、オンデマンド(注文が入ったらDVD-Rに焼く)サービスを始めてると書いたが、ツタヤで同じことを始めたね。

先日「カンブリア宮殿」にツタヤを運営するCCCの増田社長が出ていて、ハリウッドに直接交渉に出向いて、メジャー各社の3000タイトルをオンデマンドで売る契約を成立させたと語ってた。
もうツタヤのサイトでもタイトルの一部が販売されていて、ツィッギーの『ボーイフレンド』とか、ジョン・フリン監督の傑作クライム・アクション『組織』なんかが入ってる。

俺も最初50本に選んでたが、手に入れる術ができたんで外した。
しかしやっぱりDVDなんだな。ブルーレイでという需要が強くないってことか?
ツタヤは代官山の新店などは、はっきり団塊の世代にターゲット絞った商品提案がなされてるという。
世代的に、DVDで画質的には十分という人が多いのかもな。


それはともかく50本のラインナップは以下の通り。
最初にざっと選んでいったら100本超えてしまったんで、絞りこむのにちょっと悩んだ。
明日以降に各作品にコメントしてこうと思う。


「午後十時の映画祭」50本(70年代編)


『愛とさすらいの青春/ジョー・ヒル』(1971)スウェーデン・アメリカ 
監督ボー・ヴィーデルヴェリ 主演トミー・ベルグレン

『赤ちゃんよ永遠に』(1972)イギリス・アメリカ 
監督マイケル・キャンパス 主演オリヴァー・リード

『雨のロスアンゼルス』(1975)アメリカ 
監督フロイド・マトラックス 主演ポール・ル・マット

『暗殺のオペラ』(1971)イタリア 
監督ベルナルト・ベルトルッチ 主演アリダ・ヴァリ

『ウィークエンド・ラブ』(1973)イギリス 
監督メルヴィン・フランク 主演ジョージ・シーガル、グレンダ・ジャクソン

『失われた地平線』(1972)イギリス 
監督チャールズ・ジャロット 主演ピーター・フィンチ、オリヴィア・ハッセー

『うず潮』(1975)フランス 
監督ジャン・ポール・ラプノー 主演カトリーヌ・ドヌーヴ、イヴ・モンタン

『栄光への賭け』(1970)アメリカ 
監督マイケル・ウィナー 主演マイケル・クロフォード、ライアン・オニール

『黄金の指』(1973)アメリカ 
監督ブルース・ゲラー 主演ジェームズ・コバーン

『おかしなおかしな大冒険』(1974)フランス・イタリア 
監督フィリップ・ド・ブロカ 主演ジャン・ポール・ベルモンド、ジャクリーン・ビセット

『かもめのジョナサン』(1973)アメリカ 
監督ホール・バートレット 音楽ニール・ダイヤモンド

『ガラスの旅』(1971)イタリア 
監督ウンベルト・レンツィ 主演レイモンド・ラブロック オルネラ・ムーティ

『カンサスシティの爆弾娘』(1972)アメリカ 
監督ジェロルド・フリードマン 主演ラクエル・ウェルチ

『恐怖の報酬』(1977)アメリカ 
監督ウィリアム・フリードキン 主演ロイ・シャイダー

『きんぽうげ』(1970)イギリス 
監督ロバート・エリス・ミラー 主演ジェーン・アッシャー、ジュディ・ボウカー

『グリニッチ・ビレッジの青春』(1976)アメリカ 
監督ポール・マザースキー 主演レニー・ベイカー、クリストファー・ウォーケン

『刑事キャレラ 10+1の追撃』(1972)フランス 
監督フィリップ・ラブロ 主演ジャン・ルイ・トランティニャン、ドミニク・サンダ

『激走!5000キロ』(1976)アメリカ 
監督チャック・ベイル 主演マイケル・サラザン

『ゴールド』(1974)イギリス 
監督ピーター・ハント 主演ロジャー・ムーア、スザンナ・ヨーク

『コンラック先生』(1974)アメリカ 
監督マーティン・リット 主演ジョン・ヴォイト

『最後の脱出』(1971)アメリカ 
監督コーネル・ワイルド 主演ナイジェル・ダヴェンポート、リン・フレデリック

『サイレント・パートナー』(1978)カナダ 
監督ダリル・デューク 主演エリオット・グールド、クリストファー・プラマー

『砂漠の冒険』(1970)イギリス 
監督ジャミー・ヘイズ 主演ダーキー・ヘイズ

『さらば愛しき女よ』(1975)アメリカ 
監督ディック・リチャーズ 主演ロバート・ミッチャム、シャーロット・ランプリング

『幸福の旅路』(1977)アメリカ 
監督ジェレミー・ポール・ケイガン 主演ヘンリー・ウィンクラー、サリー・フィールド

『ジーザス・クライスト・スーパースター』(1973)アメリカ 
監督ノーマン・ジュイソン 主演テッド・ニーリー

『シンジケート』(1973)アメリカ 
監督マイケル・ウィナー 主演チャールズ・ブロンソン

『スカイエース』(1976)イギリス 
監督ジャック・ゴールド 主演マルコム・マクダウェル

『ストレート・タイム』(1978)アメリカ 
監督ウール・グロスバード 主演ダスティン・ホフマン、テレサ・ラッセル

『1900年』(1976)イタリア・フランス・西ドイツ 
監督ベルナルト・ベルトルッチ 主演ジェラール・ドパルデュー、ロバート・デ・ニーロ

『センチュリアン』(1972)アメリカ 
監督リチャード・フライシャー 主演ステイシー・キーチ、ジョージ・C・スコット

『狙撃者』(1971)イギリス 
監督マイク・ホッジス 主演マイケル・ケイン、ブリット・エクランド

『空飛ぶ十字剣』(1977)台湾 
監督チャン・メイ・チュン 主演パイ・イン

『ダーティハンター』(1974)アメリカ・スペイン 
監督ピーター・コリンソン 主演ピーター・フォンダ、ウィリアム・ホールデン

『ダブ』(1974)アメリカ 
監督チャールズ・ジャロット 主演ジョセフ・ボトムズ、デボラ・ラフィン

『デキシー・ダンスキングス』(1974)アメリカ 
監督ジョン・G・アヴィルドセン 主演バート・レイノルズ

『デリンジャー』(1973)アメリカ 
監督ジョン・ミリアス 主演ウォーレン・オーツ、ベン・ジョンソン

『ドーベルマン・ギャング』(1973)アメリカ 
監督バイロン・ロス・チャドナウ 主演バイロン・メーヴ

『ナイト・チャイルド』(1972)イギリス 
監督ジェームズ・ケリー 主演マーク・レスター、ブリット・エクランド

『ハメルンの笛吹き』(1971)イギリス 
監督ジャック・ドゥミー 主演ドノヴァン、ジャック・ワイルド

『白夜』(1971)フランス・イタリア 
監督ロベール・ブレッソン 主演ギョーム・デ・フォレ

『ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実』(1972)アメリカ 
監督シドニー・J・フューリー 主演ダイアナ・ロス

『フリービーとビーン大乱戦』(1974)アメリカ 
監督リチャード・ラッシュ 主演ジェームズ・カーン、アラン・アーキン

『ボビー・デアフィールド』(1977)アメリカ 
監督シドニー・ポラック 主演アル・パチーノ、マルト・ケラー

『マッドボンバー』(1973)アメリカ 
監督バート・I・ゴードン 主演チャック・コナーズ、ヴィンス・エドワーズ

『Mr.ビリオン』(1977)アメリカ 
監督ジョナサン・カプラン 主演テレンス・ヒル、ヴァレリー・ペリン

『ヤコペッティの大残酷』(1975)イタリア 
監督グァルティエロ・ヤコペッティ 主演クリストファー・ブラウン

『夕陽の群盗』(1972)アメリカ 
監督ロバート・ベントン 主演ジェフ・ブリッジス

『ロリ・マドンナ戦争』(1973)アメリカ 
監督リチャード・C・サラフィアン 主演ジェフ・ブリッジス、シーズン・ヒューブリー

『別れのこだま』(1975)アメリカ 
監督ドン・テイラー 主演ジョディ・フォスター、リチャード・ハリス

2011年12月26日

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